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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第277回
島田荘司のデジカメ日記
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9−7(木)、講談社で共同記者会見
講談社の21階会議室に、各新聞文化部の記者諸兄に集まってもらい、共同記者会見を行った。
これは講談社文芸第三部長、Y田勝氏の発案によるもので、むろん彼としては、講談社で上梓した「UFO大通リ」の宣伝効果を考えてのものであったろうが、そうした些細を超越して、日頃こちらがよく口にしている本格のミステリーへの危機の思いが、彼にもあったものと思う。
呼びかけに応じて、朝日、毎日、読売、日経等、主要新聞の記者はすべて集まってくれた。記者諸兄はみんな若く、ミステリー研の学生のように、ミステリー小説に造形が深かった。女性記者たちは、新聞記者というよりもファッション誌の編集者のようで、若く魅力のある人たちである。加えてみなさん人柄がよく、新聞記者と聞いて多くの人が連想するような、海千山千ふうのしたたかな気配はまったくない。毎日の内藤麻里子さん、読売の石田汗太さんは以前からの顔見知りであったから、話もしやすかった。
代表質問というと、たいてい石田汗太氏が発言した。だから開始してしばらくは、彼との個人的な問答のようになったが、時間が経つほどに全員打ち解け、会話は充分に内容の濃いものとなった。この宵の質問のテーマは、おおよそ以下のようにまとるられるであろうか。

●今年の6月から、「月刊島田荘司」というようなハイペースで諸作を刊行しているのは何故か。
●故・宇山氏とともに、当方は「新本格」を世に出した人間となっているが、「新本格」とははたして何であるのか。
●最近当方が提唱している「21世紀本格」とはどのようなものなのか。また新本格のムーヴメントが一段落しつつあるらしい今、「21世紀本格」は、ポスト新本格となり得る性格のものか。
●もしも違うのであるなら、新本格の後に来るものは、おおよそどのようなものと考えているか。

これまでにに何度か述べてきているが、ここでもう一度上記の問いについてざっと答えるなら、「月刊島田荘司」を今やっているのは、本格はまだ元気なのだと、目に見えるかたちで示したいという気分からである。こうしたことは、理屈であれこれ言ってもなかなか伝わらない。マニアでない一般にも、また意地悪な目で見ている一部批評筋にも伝わるような、単純なかたちで示したい。量が出て、さらにこうして新聞記事にもなっていれば、本格はまだ死んでいないという印象が示せる。むろん逆効果だという揶揄が出ることは、充分に承知の上で述べている。
そうして時間を稼いでいるうち、第二の綾辻、有栖川、京極が出てきてくれないものか、それまでの時間稼ぎという思いもいくらかある。このあたりの考えは、なかなか解ってもらえないのだが、本格寄りのミステリーが滅べば、面白半分の皮肉をもって眺める一部専門筋も、その周辺のマニアも、さらに読み巧者を自認するアマチュアも、また出版社も書店も、直接的な被害をこうむることになる。NYは少し違うようだが、LAはもう小型の小売書店は、ないと言うに近いほどに少ない。DVD、ヴィデオ関連の店になってしまった。こうしたことは、目標を持って意図的な頑張り方をしなくては、明日にも日本で起こる。
次の、「新本格」とは何かというと、ヴァン・ダインが条件を整え、いわば提唱的に示した小説形式の、輸入であったと考える。この時に、日本流の高級たる近代自然主義文学の流儀、語弊を恐れずに言うと、やや湿ったわが心情、無意識の威張り感性などを作中に取り込まないため、意図的に人物描写を簡素に、ほとんど記号的に表現した。これが新本格であった。
こうした事件が簡単に起こり得たわが背景には、乱歩さん以降のわが本格ミステリー史が、乱歩さん流の通俗趣味払拭を目指す経緯、再び語弊を恐れずに言えば、ただそれだけになってしまっていて、文学的であれとか、本格、変格の用語の提唱、社会派の提唱、芸術性を持つべきの提唱、いずれもその提言自体より、それらの体裁を用いれば、乱歩流通俗味を効果的に払拭できるはず、といった政治的、実務的な推察により寄っていた。言い方を変えれば、乱歩流儀はそれほどに強烈なものであリ、あの手この手の策を弄しても、容易に拭い去れなかった。
そうした経緯のこれらの提案提唱は、その意図や思想を徹底して解説した論文論考を、充分には伴っていない。ゆえに提案された記号的人物描写に、効果的に抵抗し得る論理を、ジャンル自体が持っていなかった。あるいは持つにいたっていなかった。だから人間が描けていないといった、皮相な定型説教しか発想し得ず、人間を描かないことでヴァン・ダインの流儀を輸入可能とした事情があるのだから、批判は言わずもがなのものであり、無力で素朴なものにすぎなかった──、とそんなような解説をした。むろん新本格流派の定着には、それ以上にパソコン・ゲームの台頭という時代背景も、大きな理由としてある。
「21世紀本格」とは、言ってみればポー、ドイルの思想性への回帰で、ポーがモルグ街での推論の論拠とした19世紀当時の最新科学を、ダインがこの新文学を継承、より高度に探偵ゲーム化するにあたって、結果としてそのまま凍結させ、用いるほかなかったという事情。そうしなくては、スポーツとしてのルールが固定しないからである。
しかし論理思考型の新文学を発生定着させたポー、ドイルの思想的原点に立ち返るなら、21世紀の今、われわれは21世紀の最新科学を推理の論拠として用いてよい、あるいは用いなければならないという話にもなる。何故ならポー、ドイルには、推論の論拠を、自らの時代の科学で固定するつもりなどはさらさらなかったからだ。法医学がさらに進めば、彼らは間違いなく最新のそれを用いたはずだ。これが「21世紀本格」の原理である。つまり、「ヴァン・ダイン至上主義」からの離脱、という言い方もできる。
これが「ポスト新本格」の支柱となり得るかと問われるなら、これも確実なひとつになるであろうと答える。しかし今回ぼくが「UFO大通り」で示したものは、やはりポー、ドイルの原点への回帰発想ではあったものの、述べた方向ではなく、もう一方の思想、すなわち論理思考を得意とする頭脳派ではあっても、書斎型のディレッタントでなく、ボクシングの達人であり、スポーツマンでもあった、ホームズ型キャラクターへの帰還であった。
彼の持っていたさりげない優しさ。宣伝を嫌う男気と勇気。威張りとは無縁の位置にある希な強さ。こうした人物とその思想が、1日80人も自ら死んでいく時代、必要ではないかということをひそかに考えた。経済の失速、失業者の増加でごまかされる自殺日本の理由だが、経済の中心地、東京、大阪での自殺者は少なく、1位は秋田県である。職にあぶれた20代の失業者の自殺者数は最低で、50代が最も多い。しかし50代は人口自体が多いので、対人口比率で考えると、死者は老人に向かってずれていく。経済や失業の影響の最も小さくみえる場所、世代。これはいったい何を示しているのか──、などなどについて説明した。

それから講談社のビルを出て、最近近所にできた「華の舞」という小上がりのある店に移動して、軽い食事と、アルコールを飲んで記者諸兄と歓談した。
会も盛りあがってきたまさにその時、ご存知のスーパースターA井N充氏が、足もともあやしく「SSKのA井で〜す」などと言いながら、評論家の円堂氏と一緒に乱入してきた。今宵の彼は、以前にぼくも審査員を勤めたシエラザード財団の新人賞の選考会をずっとやっていて、同じ店の別室で、今まで打ち上げをやっていたらしい。
そういうわけで、彼はすでにかなり出来あがっており、しばらく賞の話などをしていたが、「これから新宿に行きましょう、新宿に!」と、酒のにじんだ声で、熱心にぼくを誘うのだった。そしてやおら講談社勢に向かっては、「みなさん、これから島田センセはぼくが新宿にお連れしますから、みなさんは何のご心配もなく!」、などと声高らかに宣言したが、まもなく頭を垂れ、深い眠りに落ちていった。
もう押しても引いてもゆすっても起きることはなく、その様子を眺めて講談社の編集各氏が、「よくこれで仕事になるよなぁ……」、と感心したように小声でささやき合っている。ふと聞きとがめ、その理由を質すと、編集者たるもの、担当作家の前で眠るというのは、死んでもやってはならない大タブーなのだという。聞いて当方大いに驚き、しかしA井さんは、すでにもう10回も眠っていますよと言うと、彼らは絶句するのだった。
それからさらに宴は盛りあがり、たけなわとなったが、わがA井氏が眠りから覚めることはなかった。ぼくは円堂氏と話していて、近くロング・インタヴュー受けることにした。
やがて夜も更け、店は看板の時刻となる。しかたなくわれわれは、呼んでも応えぬA井氏を座敷に残し、店を出ることになった。ぼくとしては大変に心残りだったのだが、もう車が下に来ており、あとはわれわれがやりますからと講談社勢が請合うので、後髪引かれる思いで階下に降り、車におさまった。

とまあそんなような1日であったが、後日A井氏のことを尋ねると、Y田氏、S村氏が店内にとって返したら、店の女の子が泣きそうな顔をしてA井氏の横に立っていたという。2人を見ると、彼女は心底ほっとした表情になり、この方起きられません、と言った。
それから2人、懸命に頑張ってはみたが、なにをやってもA井氏、到底目を覚ますものではない。そこで一計を案じたY田氏が、A井氏の頭上からA井氏の携帯電話にかけると、A井氏、内ポケットで鳴り出した着信音には即座に反応、はいと言って出たそうである。Y田氏、サラリーマンだなあとしみじみした気分になったそうだ。
ともあれ、この日集まってくれた新聞各紙は、各記者ともに、後日とてもよい記事にしてくれた。今ならサイト「第七銀河」で、各紙のすべての記事が読めるから、以下にURLを貼っておこうか。管理人のえいこさんには感謝である。
http://www.galaxy7.org/information/keisaikiji/newspaper.html
 
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