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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第266回
島田荘司のデジカメ日記
6−14(水)、国立文楽劇場で、大垣教授と歓談、1
もらった名刺を見たら、大垣教授の肩書きは工学博士で、太陽エネルギー化学研究室長となっている。ぼくがLAに渡った当時、カリフォルニアはゼロエミッション・プロジェクトという、電気自動車の開発競争プロジェクトに熱中していて、これが面白かったからしばらく追いかけ、ついには電気自動車のラリーを、北欧の果てまで観戦にでかけた。そしてカーアンドドライバーという雑誌に、報告の連載などをした。だからこういった方向の専門家の教授とも、しばらくは話ができた。
大垣教授は、エネルギー産業ののフィールドで、今話題の「燃える氷」、メタンハイドレートの研究もしていて、新潟沖で最近発見されたような、海底に白く露出しているようなものは別として、現在わが国が、地中深くからの取り出しの主流と考えている方法は、彼が40代の頃に思いついたアイデアによっているそうだ。メタイハイドレートというものは、多く大陸棚の周辺の海底、1000メートルから2000メートルに地中にある。
しかし50代になった今、どうしたことかアイデアが出てこなくなった。40代の頃に出したアイデアで、今は仕事をしているような感覚があるというから、興味が湧いて、それは何ゆえなのかと訊いてみた。ぼくの場合、格別そういう自覚がないからだったが、考え考え教授が言うには、あちこちで仕事内容の説明をさせられることが多い。こういうことに時間をとられることと、その上に後進の指導もさせられて、これにも時間を取られる。1人でゆっくりアイデアを練っていられる時間がなくなったという。
なるほど、言われてみればなんとなく解る。確かにそうであろう。それ用に空けた時間がなければ、アイデアは現れないものだ。作家の場合はそうした変化がなく、相変わらず1人であれこれとアイデアを練る時間が持てる。これはありがたいことと思わなくてはならないのだ。そして以降続いた彼の話には、現在はまだ世に伏せられている、国家レヴェルのエネルギー情報もあったので、なかなかに興奮させられた。以下の記述は、したがってちょっとしたスクープを含むことにもなる。

メタンハイドレートというものについて説明すれば少し長くなるが、簡単に言うと、都市ガスの主成分であるメタンガスを封じ込めた氷のことである。だから火をつければ当然燃える。
低温高圧の環境下では、ガスも水と結びついて一緒に凍る。もともとは1930年代、シベリアの天然ガス田からの送ガス・パイプラインの中で、高圧に圧縮されたガスが、周囲の低温環境のせいで水分とともに凍り、パイプが詰まってしまったことで世に知られるようになった。これがメタンハイドレートで、地球上のあちこちの深海底地中も、環境がやはり低温高圧なので、結果として同様の凍った天然ガスが存在する。しかもこれは大量に眠っていることが、最近の研究探索で解ってきた。
樺太の沖合いに天然ガスが発見され、各国の資源メジャーが樺太に押し寄せて、沿岸には街が生まれている。樺太は、江戸時代の間宮林蔵の探検の史実などから、日本固有の領土と考えられてきた。しかしロシアも領土権を主張し、古くから日露間懸案の領土問題である。開国黎明期に横浜で起こった「マリア・ルス号事件」の国際裁判の存在が、この土地の行方をいわば決定した。
興味のある向きは、拙作「セントニコラスのダイヤモンドの靴」あたりを参照していただけたらと思うが、ごく簡単に言えば、打ち首をはじめとするわが法体系中の、死刑決定への条件として、尊属意識発想が並外れて重視されているから、これが極端な国際性欠如と欧米には写り、開国時の屈辱的治外法権を生んで、これの解消と自主法権獲得のために、樺太の北半分をロシアに差し出させざるを得なかった、ということである。率直に言うとこの感性は、まだまだわが民のうちでさほど変化していない。
続く戦争で、わが国は残りの半分も失ったが、昭和に入ってこの島の領海に、大量の天然ガスが眠っていることが発見された。つまりこの島を持っておけば、資源劣国日本はなく、危険な核燃料リサイクルにも手を出さずにすんだかもしれない、などとぼくは考えていたのだが、この日の大垣教授の話では、実は四国沖にも、大量の天然ガスが眠っているのだという。
四国沖の海底に、巨大なメタンハイドレートを含む地層があることは一応知っていた。そしてメタンハイドレートが、いずれは石油や石炭に変わる未来のエネルギーとして着目されてきていることも知っている。しかし四国沖のこれは、日本のエネルギー消費量からすれば十年分程度の量と、公的には発表されており、そうならいかにメタンハイドレートが未来エネルギーとささやかれてはいても、十年分程度ではすぐになくなるから、到底石油に替わり得るエネルギー源ではない、これが大方の常識的受けとめ方だ。
ところがこの日、教授がうっかり口をすべらせたところによれば、四国沖には、実は樺太のもの以上の量の天然ガスが眠っているのだという。その量は、日本の年間使用料に換算すると、なんと200年分にも相当する膨大な量になるという。事実なら大変な事態だが、わが政府は今、これはまだ開けるな、蓋をしておけと言っているらしい。
確かに今、200年分もの天然ガスがいきなり出てきたら、政界も産業界も貿易界も大きな混乱に陥る。石油や原子力エネルギーへの設備投資も無駄になりかねないし、アメリカの赤字減らし貢献への諸方策も、影響を受ける。中東とのつき合い方も変わるし、国産乗用車の動力の多くが、天然ガス使用へと方向転換をはかるとなれば、インフラ整備の必要量は膨大であるし、ハイブリッド車で世界をリードしはじめている技術情勢にも、少なからぬ影響が出る。
またメタンガスは、地球温暖化に決定的に悪影響を及ぼす危険がある。2億5千万年昔の地球において、急激に気温があがった一時期があるが、これは地中のメタンハイドレートが大量に溶け出して、大気中のメタンの濃度をあげたため、という学説がある。扱いには非常な慎重さを要する。

これは非常に重大な問題であり、面白い史実なので、以下に少し書いてみる。
大陸移動説というものは今日ではよく知られているが、これはたいてい太古の昔、パンゲアという超大陸があったのだが、これが割れて島となり、放浪を始めるというような理解になっている。しかしパンゲアは、実はもう最近のことで、それ以前にも大陸は、マグマが対流する力によって大いに放浪しており、3億年昔には、たまたまパンゲアとして集合したということである。この時、この超大陸の周囲には深い海溝ができ、そこから大量の岩石地殻が地中のコアに向かって沈み、この圧力によってマグマの一部が、スーパー・プルームという直径1000キロの巨大なマグマドームとしてシベリアの地に噴出した。
シベリアのあちこちでとてつもない火山活動が始まり、ユーラシア大陸の全体が炎に包まれて、生物はみるみる死滅した。この時に輩出された二酸化炭素の量は40兆トンとも言われて、地球を毛布のようにすっぽり包んだこのガスによって、絶大な温室効果が発揮され、温暖化が進んだ。
この温暖化によって海中の温度があがり、海底の地中にあったメタンハイドレートが溶けはじめた。メタンハイドレートは氷だから、海水の温度が2〜3度もあがれば、もう一部は解けることを始める。メタンハイドレートは、解ければ氷時代の体積の、160倍ものメタンガスになる。メタンガスは膨大な量の水泡となって海底から続々と上昇し、海面から大気中にと放出された。
するとメタンガスは、二酸化炭素の20倍というまでの強い温暖化効果を持っているので、地表はメタンの登場によって飛躍的に気温が上昇し、この温暖化がさらに海底のメタルハイドレートを溶かすという悪循環に陥って、温暖化は猛烈な勢いで突き進んだ。結果として地球表面は、赤道下で7〜8度、南北の極点では25度というまでの気温の上昇を得て、地球は過去6億年間、最も高い地上温度を得た。
一方、海上に放出されたメタンは酸素と結びつき、大気中の酸素を急激に減らしていった。シベリア大爆発の少し前にあたる3億年前は、植物の大繁殖によって、地上には大量の酸素が満ちており、大気中の30%を占めるまでになつて、生物は大繁殖の時代を迎えていたのだが、この天変地異と、続くメタンガスの大量放出によって、酸素濃度は一挙に20%にまで落ち込んで、地上は長い低酸素の時代を迎えることになる。ユーラシア大陸から始まった各種動植物の絶滅は、やがて全世界に波及し、この時代にそれまでの生物の95%が死に絶えてしまって、長く動植物の化石が発見されない砂漠の時代を、地上は迎える。
低酸素の時代はその後のおよそ1億年間、1億5千万年前まで続き、その間哺乳類の祖先は卵生を捨てて胎生を獲得し、また肺の下部に「横隔膜」という呼吸補助器官を獲得し、恐竜やその子孫の鳥類は、「気嚢」というこれも呼吸補助器官、肺の付属機関を獲得する。
いずれにしても生物には過酷なはずのこの低酸素の時代、何故か地上には恐竜が現われ、しかもそれが巨大化し、絶頂期を築いている。これは恐竜の「気嚢」が、哺乳類の呼吸補助システム「横隔膜」よりも優れていたため、という説明があるのだが、それだけでは説明しきれない大きな謎である。

いずれにしてもこのシベリア大噴火の時代、二酸化炭素とメタンガスの大量放出があり、これによって地球の急激な温暖化が起こったという史実があるから、メタンガスは、地球温暖化の、きわめて深刻な要因であるといえる。ゆえに、扱いにはきわめて慎重にならなくてはいけない。
まだあまり自覚されていないことだが、地球温暖化がこのままのペースで進めば、20年程度のちの日本にも、決定的な悪影響が現れる。現在に倍するパワーと数の台風が、頻繁に日本列島を直撃するようになり、今日の台風の比ではないから、老朽化した民家の屋根は、どんどん飛ばされるようになる。雨の被害は現在のもの以上に深刻となり、水害と土砂災害は、現在の数倍の規模に及ぶ。
また一方、亜熱帯化した日本の南部には、台湾から「デング熱」という蚊を媒介とする出血性の熱病が上陸し、九州、四国あたりは危険領域に入る。「デング熱」は、体中から出血して死亡する危険な風土病である。日本の夏の気温は40度を越す日が多くなり、田植えは秋になる。
こうした状況をできる限り先に延ばすためには、二酸化炭素排出量の削減にも、大いに努力しなくてはならないが、二酸化炭素排出量の面では、天然ガスは大いに有望なエネルギーではある。石炭を燃やした際の二酸化炭素排出量を百とすれば、同じ量の石油を燃やした場合は75%、天然ガスなら55%ですむ。この点ではクリーンなエネルギー源なので、政府としては工業技術の進歩、また社会情勢の変化などをよく見極め、慎重に総合的に判断して、最も適切な時期に、海底ガス田を開けたいのであろう。
メタンハイドレートは、地球規模では石油資源に匹敵する量とも言われる。しかも石油資源が中東周辺に集中していることに較べ、日本近海を含め、アジアに比較的集中している。そうしてみると日本は、とりあえず資源が乏しい国ではなくなる時代の端緒に、今立っていることになる。またうがては、最近日本の排他的海域に出没する中国の資源探査船も、こうした事実を嗅ぎつけているゆえともとれる。
それでは、危険な核燃料リサイクルなどからはもう即刻手を引いてもよいということかと教授に尋ねると、うーん、それはま、いろいろあってむずかしいところだと言う。エネルギー問題には、やはりどこまで行っても国家レヴェルの高度な政治的思惑が横たわってあるらしい。(続く)
 
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