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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第260回
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4−11(火)、第16回、鮎川賞選考会
今年もまた。新宿小田急、ホテル・センチュリー・サザンタワー19階の「ほり川」で、鮎川賞の選考会が行われた。今回で、16回目になる。
今年の候補作は、「虞美人草奇談」・斯波耕之介氏。「継がれた殺意」・鏑木蓮氏。「毒殺倶楽部」・松下麻利緒氏。「りっちゃんの酒蔵」・鈴木凛太郎氏。「理由あって冬に出る」・似島鶏氏。「ヴェサリウスの柩」・麻見和史氏、という6作品だった。
候補作が6作品というのは、選考委員を引き受けて以来はじめての経験で、始めてみたらいつもとまるで勝手が違ったから、ずいぶんびっくりした。3作品や、4作品の場合と違うことはむろん見当がつくが、5作品と、6作品とでは感じが全然違った。
6作となると、こちらがこういう仕事を専業にしているのならいいが、忙しく小説を書き、エッセーを書きしながらの候補作読みなので、6作目の読書ともなる頃は、1作目に読んだ作の細部を忘れてしまっている。今回は、たまたまみんな傾向の違う作だからよかったが、似た行き方をした作品が複数あったら、比較がむずかしくなったかもしれない。やはり全体を見渡すなら、5作が限度かと感じた。5作なら、全作品を記憶の中で無理なく俯瞰できる。6作となれば苦しくなる。この1作の差はなかなか大きい。
選考委員は、去年と同じく笠井潔氏、山田正紀氏、それに当方の三人。この日は雨が降っていたから、15階の個室からは、新宿御苑や明治神宮の緑は靄って見えなかった。

「虞美人草奇談」は、古来から道教が中国で説いていた、東方に浮かぶ仙人の島に、不老不死の妙薬が存在するというファンタジーを、東方の日本島から眺め返して発想した歴史ミステリー、といったあたりの把握で妥当な作例かと思う。歴史エンターテインメントは、往々にして歴史上の著名人が大挙して出演するヴァラエティショーになりがちだが、当作もその例に洩れず、虞美人草となれば夏目漱石、この時代の怪しげな薬物となればロシアからラスプーチンが東京に出向し、大隈重信が登場すれば、西大后までが出てくる。
賑やかで、なかなか楽しい読物ではあったものの、やはりこうした定型的な書き方に依存してよしとする傾向が感じられたし、奇談というほどの事件が作中になく、本格の探偵小説として見ても、構造的な新しさや、従来の型を磨いた高度さも見られなかった。

「継がれた殺意」は、非常に文章が達者で、作中の世界にも魅力や、信じられる線の太さがある。書ける人であることは明らかだった。冒頭に示された算額の謎かけも魅力があったし、入れ子構造となっている作中作、江戸期の書きつけとみえる焼き継ぎ職人の話もよくできていた。全体を操る構成力を感じたし、DV男の作家が主人公で、得手勝手な理屈をあれこれこねるあたりも、小説としての新味があった。時を得れば大きくなれる人とも思うが、当作は、ちょっと買えなかった。
1300軒もの露店が並ぶ中、主人公の小説家がはたして冴えない焼き継ぎの茶碗に、必ず目を留めるものか、茶碗に付いている海のものとも山のものとも知れぬ古文書を、25万円と聞いても必ず買うものか、そしてこれを、読みもしないうちから「これぞ文学的な金鉱である」とか、「作家としての出発点が得られた」とか小説家は思うものか、何よりそう決めて計画を立ててもいいものか。主要登場人物が3人いる作中作、結末部において「みなさかしまの物語」と語られた時、作者が主張するような立場入れ替えが数学的に唯一のものか、3人いれば順列組み合わせ的ローテーションが起こらないものか、などなど、まさしくDV作家が妄想で書いたようないびつな得手勝手が感じられ、しかもそう考えれば、これが妙に辻褄合っているようにも思われて、なかなか不思議な印象だった。いっそそうした精神障害作家の妄想に、全体の構造を作り変えてはどうかとも思った。そうなら、推せもしたであろう。

「毒殺倶楽部」は、女性らしい柔らかな筆致、人間描写も上手な部類で、大いに期待した。匿名のオンラインで持たれる「毒殺倶楽部」というミーティングも、やや定型だか今日的で、あり得ることに感じる。しかし物語が進行するにつれ、毒殺倶楽部というしっかりしたアイデア以外の部分では、現実として見て、展開に妙にリアリティがない感じとか、細部の作りに未完成なところ、また軽々なパターン依存も感じられはじめて、推せなくなった。
毒殺倶楽部の内部を描いた小説が、その作者が不審死してベストセラーになることはあり得ても、その1作だけではたして文壇の寵児とまでになるものか。続く2作目が未完で、これの後半を一般公募し、その当選合作も大当たりして社会現象とまでになるものか。担当していた編集者があっさり退社し、これを自費出版し、ネット販売などするのだが、その判断もちょっと軽率なら、飲酒運転で事故死してしまうのも首をかしげる。しかもこの男の死に、毒殺倶楽部は関わっているのかいないのか、最後まで説明がない。毒殺倶楽部の若いメンバーが起こしたらしい学園不審死事件が過去に続発したというが、そうなら倶楽部は、そちらの事件の方ですでに有名になってはいなかったか──、などなど、設計図不在で書き進んだらしい様子が次第に感じられるようになって、本格のものとしてはちょっと推せなくなった。

「りっちゃんの酒蔵」も、文章が上手ではあったが、材料提示に慎重さが目だちすぎ、フェアさ、大胆さとは遠かった。前段で女性たちの風貌はよく浮かんだが、現場密室の細部はあまり像が結べない。蔵の施錠部分の隠蔽のやり方もやや苦しい。蔵内部で行われる殺人の方法も、いざ実行となればちょっとむずかしく感じるし、これが実際に行われて成功したとして、科捜研が出動すれば、この状況ならばやれること、発見できそうな事物や痕跡が多々あり、もう少し事態に見当がつけられそうに思う。こういう現実が無視されていても納得我慢ができるというほどには、独自的なアイデアがない。後半にいたり、登場人物が行う起死回生の推論の数々、あるいは暫定的結論を覆していく展開は好ましかったものの、これもまた、前段での材料提示を渋っていたからこその芸に思われて、少々残念であった。

「理由あって冬に出る」は、学園怪談物というべきカテゴリーに入りそうである。小説分野には案外ないのかもしれないが、漫画等には多くの先行例がありそうで、まずはこうした先行例への便乗から、佳作などにはよくても、本賞にはふさわしくなかろうと予想した。例によって出現する幽霊の舞台裏にも、瞠目の新味はない。まあそういうことであろうな、といった程度のアイデアである。その上に幽霊が出る出ないというだけの展開に、多少の退屈も感じた。しかし結部にいたり、幽霊が冬に出なくてはならなかった理由が語られた時、この小説にこそ好ましい暖かさや、小説らしい感動が用意されていたことを知って、嬉しく思った。
しかしわざわざ選んでいる回想の構造が、充分に生かしきれていないこと、学生たちがかばった人物の人生が、小説全体を輝かせるほどの効果は作り得なかったこと、幽霊が出れば、人払いどころか人を集めそうであること、幽霊現象を支えるアイデアの凡庸さ、などなどから、この作もやはり買えなかった。

「ヴェサリウスの柩」が、自分には最も面白く、楽しめた。文章の上質さ、意識の好ましさは、一種の香気さえ感じさせて、こちらをよく引き込んでくれ、1読者にしてくれた。事象を把握する言葉や、分析推理、また事態を掘り下げて思索する文章に、大いに共感的であったし、女性の描写も上等で、この解り方はひと通りではない。しかもヒロインを手放しの理想とはせず、脇の者に批判させたりもし、この批判もまた一定量正当で、こうした客観性は見事である。それらが作中世界をきわめてビリーヴァブルにした。
医学生の解剖実習の遺体から、小さなカプセルが出てくるという発端も意表を衝いてユニークだったし、カプセルを患者に仕込めそうな人物は、20年も前に死んでいるといった展開や、カプセルから出てきた手紙を受け、キャンパス内で頻発する事件も、充分にミステリーを醸せた。
ところが、後半あきらかにスタミナ切れがして、通俗性や、定型依存の手抜きが目立つようになり、期待が大きかっただけに驚いた。後半では大きく減点せざるを得なかったが、前半での得点が高かったから、本章受賞の資格を失った、というまでの失望はしなかった。

今回の選考全体を俯瞰して感想を述べれば、文章ではどの作もなかなか出来がよく、作者たちの表現能力は達者で、伯仲もしていた。しかし、本格の構造体として骨格を比較すれば、決して水準は高くなかった。「ヴェサリウスの柩」以外では、「継がれた殺意」のもの以外、見るべき構造作例は存在せず、総合得点で「ヴェサリウス」が抜けていることは明らかだったから、個人的には迷いはなかった。
しかし相性があるゆえか、今回は珍しく3選考委員が各々別の作を推した。笠井氏は「理由あって冬に出る」を推し、山田氏は「毒殺倶楽部」を推した。しかし山田氏は、「ヴェサリウス」にも高い得点を入れてくれていて、笠井さんが歩み寄ってくれたから、「ヴェサリウス」を本賞に決定できた。
しかしぼく自身もまた、「ヴェサリウス」の現状には満足していないから、後日麻見氏と個人的に面談して、手を入れてもらいたい個所を述べたいと思っている。修正提案に関しても迷いの余地はなく、だから説明も楽だろうと考えている。
聞いてみたら、この「ヴェサリウスの柩」は、候補作から落ちていたのだそうである。後半の通俗性が災いした。しかしこの通俗部分は嫌いでも、これを落とすのはよくないと考えて、I垣編集者が拾って最後に押し込んだ。それで候補作は異例の6作となった。それが本賞を受賞したのだから、この判断は作者には幸運なことであった。運命は解らないものである。
 
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