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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第250回
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
10−31(月)、ホテル・エドモンドで「摩天楼の怪人」にサイン、そして御手洗さん漫画化
サイン会の翌日、またホテル・エドモンドに出かけていき、「摩天楼の怪人」数百冊にサインをする。これはネット販売するためのサイン本なのだそうだ。
いつも鮎川賞の会場になるホテル・エドモンドのロビーを入り、I垣編集者と落ち合って創元社がリザーブした会議室に行くと、テーブルの上に拙著が、まさしく摩天楼のように積みあげられていた。部屋の隅には、これが入っていたらしいダンボールの空き箱もまた、うずたかく積まれている。
前日、横で終始アシスタントをしてくれた女性新入社員にまた手伝ってもらい、せっせとサインをした。二日目だから息もぴったり合って、なかなかの名コンビとなった。サインは、さっと眼前に置いてくれ、こちらの好みの角度に本を傾け、さっと一箇所を押さえ、終わったら手早く紙を挟んで閉じ、新しい本を同じかたちに素早くセットする。このリズム感が一定でないと、なかなか作業は乗っていけない。逆に言えば、自身の名を書くだけなら、助手によるこのリズム感さえよいなら、何冊だって可能だ。
半分ほど終えて、コーヒーを取って休憩タイムにしたのだが、われわれはもうすっかり息も合ったから、講談社のサイン会の時も来てくださいと言ったら、講談社さんさえよければうかがいます、と彼女は言っていた。
彼女は、学生の時に読んだ最初のミステリーが「御手洗潔のダンス」で、以来填まって、とうとう東京創元社に就職することにまでなったと、こちらには嬉しい配慮を言ってくれていた。
長谷川社長も駈けつけてくれ、自ら横で手伝ってくださるので、われわれは作業を再開、また餅つきのごとき、それとも内職のごとき手仕事に没頭した。長谷川社長は、社長らしからぬなかなか気さくな人で、戸川会長がヴォランティアで店番をしている吉祥寺のミステリー専門書店「Trick+Trap」で、明大のミステリー研の学生さんたちと何度か会ったという話をしたら、
「え、明大にミステリー研がありましたか?」と問う。
「いや、知りません。ではあれは同好会なのかもしれませんね」と言ったら、
「多分そうじゃないのかな、私の時はミステリー研なんてありませんでしたから」と言う。
「実は私も明大で、漫研なんですよ」と社長は言った。
それを聞いてこの時、そうか、せっかく近くまで来たのだから、この後は講談社に廻って、コミック・イブニング誌のM下リョウ編集者に会ってみるかと考えた。
おそらく昨日から通算して、600冊以上の本にサインをしたのではあるまいか。書いていたら、東京創元社の販売部署のスタッフが訪れて、サインを終えた本を、部屋の隅に積んでいた空き箱に再び詰め戻し、キャリヤーで廊下に運び出していった。
すべてを終え、腱鞘炎は大丈夫ですかとみなに心配されたが、手はなんともなかった。生まれついて、手の抜き方をすぐ憶えるたちで、思うにこれは、運動部時代に身にけた癖のように思う。懸垂も腕立て伏せも、実のところは要領である。サイン会が時間がかかるのは、相手の名前も書かなくてはならないからで、自分の名前を書くだけであれば、述べたように助手さえ巧みなら、まったく苦ではない。
それからしばらく社長と、日本ミステリーの今後の行方とか、傾向予想について話した。社長の話で興味深かったのは、翻訳ものの国内読者が着実に減少していること、そして欧米の現場からのチャージの量も減っているということだった。これは東京創元社のような、翻訳もので食べてきた出版社には、死活問題に違いない。国産の佳作を、これからは財産として備蓄していく必要があるだろう。書いてみて今思うのだが、「摩天楼の怪人」は、そういう東京創元社のイメージとは、なかなかよく合っていた。
長谷川社長が、昨日の三省堂は、わが「摩天楼の怪人」が、「ハリポッター」と並んで売り上げの一位になったそうです、と言ってくれたので、思わず爆苦笑。確かに昨日1日だけのあの騒ぎなら、それもあり得るであろう。
続いてI垣編集者に携帯電話を借りて、講談社、コミック・イブニングのM下編集者にかけてみたら、珍しくつかまり、ではこちらは今から護国寺のミナミという喫茶店に行きますから、そこで会いましょうと言っておいた。
ホテルを出て、飯田橋駅までみなで歩いていった。そしてぼくは駅の手前でみなと別れ、地下鉄入り口の階段を降りて、有楽町線で護国寺に向かった。

ミナミという喫茶店はまったくの久しぶりで、たぶん10年以上振りであろう。以前、駈け出しの頃はよく来て、ここでカッパノベルス編集長(当時)の佐藤隆三氏や、竹内衣子女史と新作の打ち合わせをしたものだった。この近くには、おいしい天麩羅のランチを食べさせる店もあって、そこでお昼をご馳走になりならが、打ち合わせをしたこともある。けれどこの店ももうなくなり、編集者の方で近くに来てくれるようになったから、ミナミに来ることもなくなった。もうないかと思っていたら、まだ無事あった。M下編集者は、もう先に来ていた。
何故M下氏と会ったかといえば、M下氏はかのA井氏の新宿の飲み仲間で、よく馴染みの店で一緒になるのだが、御手洗さんが好きなので、島田さんに会わせてくれと言ってくれたらしい。それでA井氏に紹介されて、新宿のスナックで彼と会った。講談社文三でなく、光文社の仲介になるところがA井氏の人柄である。また講談社の駕体の大きさも語る。同じ会社の社員でも、小説部署と漫画の部署とでは交流がなく、互いに顔も知らない。
会ったら、御手洗さんの漫画化に挑戦させてもらえませんかとM下氏は言う。過去同人漫画家さんたちにさかんに漫画化された時期もあることだし、漫画は好きだからいいですよと応えた、そういういきさつが過去にある。一度アルコールなしでお話したいということだったから、近くに来たついでに、こっちが護国寺まで来たというわけである。
M下氏は、席のかたわらに、たくさん漫画雑誌や、単行本を積みあげて、ぼくを待っていてくれた。彼自身がやった雑誌の仕事の説明と、御手洗さん漫画の作画候補者の絵を、ぼくに見せるためであった。
漫画は好きだと言ったが、ふと気づけば、漫画というものを今はまったく見る機会がない。今年1年間を振り返ってみても、漫画というものは、1コマも見ていないのではあるまいか。けれど、昔は好きでよく見ていた。ともあれそういうことだから、最近の作家の名前を挙げられても全然解らない。絵を見せられたら、なんとか解る人はいる。昔の漫画家の絵なら、これはよく解る。
以前に会った時、M下氏は、御手洗さんの漫画化、やるならば、まったくの書下ろしがいいのか、すでに世に出ている作品からの漫画化がいいのか、もしそうならばどれがいいのか、まだまったく解りませんと言っていた。しかし最近では、やはり「異邦の騎士」がいい、と言うようになった。そしてこの日、彼が考える「異邦の騎士」漫画化の画家候補2人の絵を、ぼくに見せてくれた。1人は男性、1人は女性だった。双方とも、ぼくのような漫画素人でもよく知っているような大御所だった。特に女性の方の資料は、豪華装丁の画集で、大半カラーの、実に立派な本であった。
M下氏が言うには、大御所の人たちは、5〜6年先までスケジュールが詰まっていることが通常で、だからむずかしいのですけれども、話しているうちに、ふいに、じゃやろうか、となったりもするのだと言う。島田さんがこの方たちが気に入るなら、ぼくがこれからこの人たちにラヴレター書いてみます、と言った。
ぼくとしては、双方ともに力のある人だから、文句はない。でも言われる方としては、あなたしかいないと言ってくれないと嫌だろうと思う。けれども、考えても確かにこの2人、甲乙がつけがたい。似たタイプなら比較もできるが、まったく違う画流なのだから、なんとも言いようがない。完成したところをイメージしてみれば、それぞれのよさが確実にある。ただ、男性の漫画家は、殺陣とか、カンフー・アクション、カーチェイス等々を描きたいのではと思い、これらがない本格のミステリーは、少々触手が動かないのではとは、思う。
よいですかと問われるので、なんだか可能性はほとんどない話のように聞こえたから、いいですよと言っておいた。漫画家は絵のファンを10万人単位で持っているということらしいので、小説家とは桁が違う。漫画化というのは、ちょうど映画化の話と同じだなと思う。一流で旬の有名スターなら、申請を出して何ヶ月も、時には何年も返事を待っていなくてはならない。これは恋愛と同じで、複数の人に同時にオファーを出せないからだ。
役者にまだそれほどの名がなければ、すぐに実現はするが、収益規模はうんと縮小する。漫画もどうやらまったく同じだ。東映とか講談社のようなメジャーは、大きく商売にならなくてはいけないから、対象とする才能はひと握りになってしまい、これはもうライヴァルを掻き分けての申請となるから、攻略はむずかしい。選ぶスターの側としては、たとえ数年で消える原作でも(むしろその方がイメージがつかず、安全だ)、大ベストセラーの方が商売になる。
彼には言わなかったが、この時、漫画化も、もしも本気で実現したいなら、M下氏自身がそうであるように、御手洗さんが好きで、描きたいと自ら言ってくれるような、しかもまだ一線の手前で、時間があるような才能の挙手を募るのがよいのでは、と感じる。そしてこの人が誠意的に、質の高い絵を描き続けてくださるなら、土台が講談社なら、いつかは渋いヒットになる、本格のミステリーなど、漫画ファンにとっては間違いなく退屈一歩手前の地味な世界だろうから、そういう考え方が分相応なのでは、とも思う。
ずれにしても、正統派漫画ファンに、御手洗を知っている人がどの程度いるのかは不明だが、同人漫画という狭い方向に絞るなら、「異邦の騎士」は逆に、もはやあまりに有名な話であるから、今さら原作の通りに漫画化しても新味がないであろう。映画もそうだが、漫画も原作とは別物とこちらは思うから、もし実現するならば、自由に脚色してもらってかまわない、と言っておいた。
 
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