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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第246回
島田荘司のデジカメ日記
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10−7(金)、鮎川賞パーティ
今年の鮎川賞授賞パーティも、例年通り、飯田橋のホテル・エドモンドで行われた。

今年のぼくにとってのエポックは、リンコさんの初参加であった。たまたまダ・ヴィンチのインタヴューでリンコさんが帰国していて、授賞パーティの時期、東京にいられるという話だった。インタヴューは、彼女の徳間での新作、「これでもかニューヨーク!」のためらしい。そこでI垣さんに依頼し、彼女にも招待状を出してもらった。そうなると、親友のPattyさんも呼ばなくてはと思い、尋ねたら、彼女にはもう発送したと言う。
それから今年は、「摩天楼の怪人」で、画期的な建築CGを作ってくれた、CG作家の友田星児さんにも声をかけなくてはならない。彼を発見してくれたのは原書房の石毛さんなので、彼もまた呼んだ。
友田氏は、なんだかデヴュー当時の綾辻氏と風貌が似ているような気がしていたから、会場で彼らを並べて見てみたい気がして、それも楽しみのひとつだった。綾辻氏は現在鮎川賞短編賞の審査委員なので、確実に来る。
会場には、今年も金田賢一さんが来てくれていた。相変わらず飄々として柔和な印象で、再会を喜ぶ。
セレモニーが始まり、今年の選評経過の報告は、山田正紀さんの担当になっていたから、こちらは選考委員席にのんびりすわり、壇上を向いて聞いていた。本賞を出せなかった年は、なんとなく発表も心苦しいものだが、彼はうまくやってくれていた。
立食の歓談タイムになり、リンコさんと会う。彼女は、やや過激なジーンズの超ミニで決めていて、さすがにニューヨーク帰りの女性という印象であった。
友田星児さんを見つけて、リンコ・Patty組に紹介したら、さっそくリンコ氏、「あ、バルタンだ!」と叫ぶ。名札の後半、「星児」を見て、「バルタン星人」を連想したのである。以降彼は「バルタン」と呼ばれ、「この人たち、ちょっと性悪なんですよねー」、などとこちらに訴え、くさっていたが、後日、時間が経過したら馴染んだらしく、Pattyさんのサイトに「バルタン」というHNで出没していた。
綾辻氏を見つけ、呼んできてさっそく友田氏と並べてみたら、予想とは違って、2人の風貌はかなり違う。まず友田氏の方が、いくぶん上背がある。友田氏を一見して綾辻氏は、
「ぼくこんなに格好よくないですよ」と言っていた。

それから、綾辻氏と2人で話した。彼がこの時言ってくれたことは、大変嬉しい内容で、この20年間のエポックのひとつかもしれない。
しかし当然お世辞が入っているこれをそのまま書いても、思慮の足りない自慢話ととられるであろうが、重要な内容が含まれるので、少しだけ以下に書いてみる。
綾辻氏は言う。
「宇山さんのジュブナイル、ぼくも書かなくちゃならないので、これまでのもの、全部読んでみたんです。どれもとてもよくて、感心しました。駄作めいたものは1作もなかった。でも島田さんの『透明人間の納屋』だけは、ぜんんぜんほかと違うんですよね。文章そのものが、読んでいてすごく気持ちがよかった」
それでほくは、
「ゲームじゃなく、小説として提供するならば、本格といえども文学で、それは文章そのものだと思うんだ」と言った。
以前に宇山さんの項で書いたが、彼は文学的美辞麗句にはずっと関わらなかった。文章と言うものは、彼にとっては仕掛けを埋める土壌であり、良い文章を書こうという以外の要請を、彼は自分の文章に対してしばしば持っていた。けれども、自分はそうでも、他者が書いた文章の美点は、これは初期からずっと気づいてくれる人だった。
「今、ぼくと出遭った頃の島田さんの年齢にぼくがなって、あの頃島田さんが言っていたことが全部解った」
と彼は言った。これは、こちらとしては瞠目に値するほどに、嬉しい発言だった。
「ぼくらは喧嘩もしたけど、島田さんがあれからさっさとアメリカに行ってしまって、1人になって小説を書き続けたことは、大正解だと思う。ぼくらは仲間同士、つるみすぎると思う」
まったくその通りだと思っている。これは、ぼくとしても以前から彼に言いたいことだった。酒とマージャン、そして仲間との能天気な楽しさが、創作最大の敵だ。これは多数派錯覚も起こし、しばしば判断や道を誤る。創作者は、必ず1人にならなくてはいけない。

喧嘩というのは、新本格批判が一段落した頃、今度は彼ら自身がぼくに対して、口汚いののしりを始めたことをさしている。これは日本社会に特有の現象なのだが、平等主義を壊し、1人が目立ちすぎると、この者の言っていることとの正否に関わらず、問答無用に不道徳となる、そういう日本村社会の掟である。
かつて、大冤罪に巻き込まれている人物を助けようとした時、だんだんに彼自身が、「島田は売名主義者の商売人で、品性下劣だ!」と言いはじめ、声高になってあちこちのメディアに書き殴るようになった。
パリで人肉食事件を起こした人物を救済しようとした時もそうで、彼自身が声高に「島田は商売人で人非人!」とする非難を、あちこちのメディアに書き殴りはじめた。彼らの言い分は常に、「島田はアイデアが枯渇したから自分らに関わりも、売名行為をもくろんで自分の本を売ろうとしている」というストーリーだった。これは、当人と言うよりも、彼らの周囲の支援者の声の代弁であり、支援者自身のもくろむところを、そのままこちらにスライドし、ののしっていた。
新本格の場合も、こちらが目立ちすぎたことはある。それに加えて、「コード型自体は文句なくいいのだが、でもそれだけでは駄目なのだ」と言い続けたことがある。これが「コード型創作を否定した」とするストーリーに組まれ、声高に扇動された。
そこでぼくは、そうではないのだと断って、「龍臥亭事件」という、いわばコード型に近い長編を書いたのだが、すると今度は、これは本当の意味でコード型ではない、という反発が戻った。これはその通りで、「龍臥亭事件」は、登場人物たちの背景を書かない「記号主義」を採っていない。しかし批判者の思索は、そういう構造の理解には届いていなかった。
かつての新本格非難の声と、新本格新人自身が合流して、ここでもまた、「コード型を否定する島田は本格の敵だ」、「新人推薦で売名する島田は、品性が低級だ」とする正義の声になっていった。
日本以外ではまずこういう行為は、衆目から批判を浴びるであろうが、日本においては、当事者の周辺は「当然だ!」と大声ではやし、もっと外郭部は、「まあ仕方がないだろう」、くらいの声で満ちる。

むろん綾辻氏自身はこういう島田非難の中心にいたわけでなくて、終始冷静で穏やかであり、控えめに仲間に同意している、といった程度であったが、彼とにおいて、最も深刻な考え方の対立があった。彼の場合は、というより、これは当時のミステリー研の学生たちは、ということなのだが、本格とは「密室殺人」のことであり、「奇妙な館」のことであり、「生首」や、「外来名探偵」や、「意外な犯人の指摘」のことである、という理解だった。だからこれらは、多く取り込む方がよい。この考え方は非常に解りやすく、圧倒的に大勢に受け入れられた。
しかしぼくの考え方は違い、本格とは「謎→解決」の骨組みを、綺麗な論理が支えているもののことだ、というものだった。本格とは、この「論理」の別名で、推理等の理屈が際立ってくれば、密室や生首、館や名探偵がいなくとも、その小説は本格の物語に近づく、というものだった(いてはいけない、ということではない)。
このように構造的にとらえれば、本格は多くの方向の情報や、物語を取り込むことができ、無限の発展が可能になる。ノックス氏、乱歩さんなどの先人も、そう考えていた。そうでなければ、彼らの創作もみんな、館ものばかりになっていたろう。
行儀至上主義の日本人は、パターンでしか発想ができなくなっている人が多いので、コード・パターンで考えようという提案は、とりあえずは平等主義的であり、絶賛される。しかし翻って彼ら自身も、読者としてそのような型に填まったゲーム志向の本格ばかりを読まされると、いずれはあきる。そして本格から興味を失い、ファンタジー、恋愛小説、SF小説などにさっさと移っていく。
ぼくの考え方は、自分としてはコード発想よりも遥かに簡単だと思っていたのだが、少々むずかしかったのかもしれない。コード型は外観的、映像的であるから、今日的だった。
当時の新本格勢力は、先人の誰もが気づかなかった、クレバーな新創作法を「発見」していたのであるから、とりあえずはこれで、一時代を作る必要があったのであろう。
そのこと自体はいっこうにかまわないのだが、それ以外の方法を感情的に排除すると、早晩本格の終焉がやってくる、とぼくは1人で訴えつづけた。しかし彼らは徒党を組んで突き進み、シンパの評論家もこれに参加して、新勢力の陣地を構築した。

しかしやはり今、コード型は一段落したように思う。そしてこのコード型志向の時代を通過した若手は、「密室」、「館」、「生首」、「名探偵」などの本格記号を用いて、そして登場人物の背景をあまり書き込まない記号主義的な方法で、たとえばファンタジーを書く、といった方向に発展を始める気配が出はじめた。
コード型の作家たち自身は、今このことをどう考えているのか気になっていたが、この日、綾辻氏が短編賞の審査委員であったから、壇上で選評経過を報告していたのだが、その中で、「本格はもう終わったと言う声があるけれども、そんなことはないと信じる」と言ったので、彼もまた、問題意識を持っているのだと知り、嬉しかった。

過去を振り返って今思うことは、こちらには先が解っていても、抗えない時があるということだ。
コード型はコード型で頑張ってもらいながら、一方でそうでない作風も誘導すべく、新人を探すべきであった。
すいぶん理不尽なののしりを浴びた気はするが、不平は感じていない。むしろ楽しかった。ぼくの人生は、小学校時代からこれの連続である。
今コード型が終焉すると、行儀のよい本格志向の男性作家の多くは、人の背後をあまり描かない記号主義、密室、館、名探偵といった、1時期大勢を占めた本格理解の呪縛からは、脱出できないであろうと思う。そうなると、かつてゲーム型本格に用いるから輝いたこれらの記号が、ただ小説書きに便利なレトルト食品の具のように扱われて、うまく行かなくなる可能性もある。
綾辻氏同様、そうはならないと信じるが、もしも事態がそう動くなら、これからはしぱらく、女流の書き手に期待するしかないのかもしれない。彼女たちは勇敢なので、コード型の行儀などには関わらないであろう。
 
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