島田荘司 on line
on line top Weekly Shimada Soji top
編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第241回
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
8−5(金)、砂原さんとGAW展
東宝テレビ部でならした砂原さんだが、現在は定年退職して、嘱託である。しかしまだ仕事への情熱は衰えず、今も映像原作探しの日々である。久方ぶりにぼくにメイルをくださったので、現在原作を預けている、プロデューサーでもある安井ひろみさんを、今後のために彼にご紹介しておこうと思った。
彼が久しぶりにメイルをくれたのは、以前に中井貴恵さんの主演で2時間ドラマ化した「高山殺人行1/2の女」を、リメイクしてもかまわないかという打診であった。大丈夫なら動いてみたいのだが、ということだったので、こちらはいっこうにかまわないとお答えした。それで、「高山殺人行」ならカッパノベルスだから、カッパノベルス編集部の全国的有名人、A井N充副編集長と、W辺編集長の2人も誘い、砂原さんに紹介することにした。
鷹番で食事をしようということになり、鷹番のあるお茶の水駅の南、洋書店「丸善」前で待ち合わせた。そうしたら、お互いにすぐに解った。もう70歳を越えられたというのに、砂原さんはまったく変わりなく、若々しく、元気いっぱいの様子であった。天秤座らしい優雅な物腰、都会人らしい洒脱な話り方も変わりなくて、向こうもこちらをすぐに見つけ、
「お変わりなく、お元気そうで」、と言ってくださったが、互いの変化のなさに、つまるところは、あんまり老けていないことを讃えあったのである。

思えば砂原さんとはずいぶん久しぶりだ。「高山殺人行」の撮影、当時は文字通りフィルムによる撮影であったが、あれ以来、一杯やったり、食事をしたりの親しいつき合いはなかった。その以前には割とあった。安井さん、A井さん、W辺さんを紹介し、5人でぶらぶらと鷹番に向かう。
店に着き、明るい店内にすわってみたら、驚いたことにW辺編集長の頭に髪がない。勇敢にも、スキンヘッドにしてしまったらしい。しかし、現時点ではもう断髪から時間が経つから、かなり生えてきてはいる。けれどまだ五部刈りにもならない長さで、おまけに髪がずいぶん白くなった。
W辺さんが光文社に入社した当時のことは、よく憶えている。当時のぼくの担当は、竹内衣子女子であったが、ゲラの受け渡しの日であったか、彼女が急に出張になり、入社間もない若手のW辺編集者が、急遽ピンチヒッターで喫茶店にゲラを持ってきた。まだもの馴れない様子で初々しく、濃い眉毛と少し長めの髪で、ハンサムな顔だちであった。目が大きく、整った顔だちから、当時人気の田中健という俳優に似ているなと思った。非常に無口で、それがまた田中健ふうであった。
あれからもう20年近い月日が経って、彼の印象もずいぶん変わった。まずは、闊達によく話すようになった。まあ編集長であるから、無口では勤まるまいが、恰幅もよくなり、南方系の顔だちが少し丸くなって、どこかで観た風貌だなと思っていたら、
「西郷隆盛に似ているでしょ!」とA井氏が指摘し、ああそうかと膝を打った。上野のお山の西郷さんに、確かに似てきた。彼は鹿児島県の出身であるから、西郷さんに似ていてもおかしくはないが、20年の年月が、田中健を西郷さんに変えた。
「着流しが似合いそうですね」と言ったら、
「時々着流しで出社しますよ」、とA井氏がまた暴露する。
W氏、神楽坂のマンションに住んでいるのだが、時間に余裕がある日は、そこから徒歩で護国寺の光文社にぶらぶらと出勤するらしい。こういう時、悠々と着物姿で歩いてくるのだそうだ。
「犬を連れたら似合いそうですね」と言ってみたら、
「うち、猫なんですよ」とW辺氏は言う。「だからさまにならなくて……」と言った。

しかし、着流しの西郷隆盛が、神楽坂から護国寺に向け、犬でなく猫に紐をつけて散歩している姿も、ちょっとパロディふうで魅力的な構図である。
「ちょっとそのヘアスタイル、写真に撮らしてください」と言ってデジカメを向けたら、西郷さんは恥ずかしがって、両手で顔や頭を隠してしまった。
 仕事熱心なA井氏はここで、「何とぞ『ヘルター・スケルター短編集』を、今年中に出版させていただきたく……」と言った。
これはかなり無理なスケジュールで言われているので、了解はしつつも、言葉を濁している。するとA井氏、今夜はなかなかしつこく、
「もし今年中に出せないと、私もスキンヘッドになるほかなく……」
と言い出したので、せっかくやる気でいたのに、一挙にその気が失せた。書かなかったらA井氏のスキンヘッドが観られるのである。これは気合が鈍るというものではないか。非常にまずい脅し方であった。

砂原さんとは昔話をした。砂原さんが東宝に入社してすぐ、助監督で付いたのが本多猪四郎監督で、「モスラ」を撮った。これがまた、ぼくは子供時代に大変好きな映画で、当時は東京にいて、渋谷、道玄坂の映画館に観にいったら、巨大なモスラの模型が壁にかかっていたのを憶えている。撮影に使った本物らしくて、ああいうことは、東京の映画館でなくては観られない。
あの頃は、本当に東宝の特撮映画に夢中であった。円谷プロダクションに入社すると硬く心に決めていたのに、いったいいつ忘れてしまったのであろうか。気づけば作家になり、しかもSFでなく、ミステリーを書いている。
しかしあの頃、またその後、ぼくなどとつき合いができた当時とも東宝は変わって、今は非常に商売が上手な会社になった。これは香月さんも、東宝はお金がある会社だと言っていたが、今は徹底してベストセラー原作狙いだ、と砂原さんは言う。効率を考えたらこれは頷けることではあるが、現場の活動屋としては、いかにも食い足りないのだという。
昔、文春刊の拙作、「夏、19歳の肖像」を映画化という話があった。この時、熱心に言ってくれていた優秀なスタッフが東宝にいたのだが,彼は今社長だという話だ。「高山殺人行」を撮ってくれた西村潔監督とは、その後ちょっとしたつき合いもできたのだが、葉山で自殺してしまった。このあたりのことは、「名車交遊録」のMG−Aの項に書いたが、いろいろなことがあった。
砂原さんは、同じ大学のよしみでA井編集者と話がはずみ、安井さんとも弾んでいるようだった。安井さんは来年、大林宣彦監督と組み、大林さん個人にバジェットを用意して、何作かまとめて撮ってもらう、というプロジェクトを推進する。そんな話もしていた。
食事を終え、御茶ノ水の街角で握手をして別れたのだが、「自分はもう73になりましたが、まだまだやりますよ」、と言って、ビル街に消えていった。
砂原さんには期待したいと思っている。

それからタクシーを停め、A井さん、W辺さんと3人で新宿のゴールデン街に向かった。このゴールデン街全体を使って、GAW展という展覧会をやっているからだ。写真家の森山大道氏などが主宰して、ジャンルや年齢を問わずに各種芸術作品を集め、夜っぴて、ゲリラ的に、この一角に展示する。まさにかつて寺山修二氏の言った、「書捨てよ、街に出よう」である。
作品は大半、ゴールデン街に集合する酒場の内部壁に展示されるが、一部は路地裏にも置かれ、通行人の目にも供される。この趣旨を聞いた時、話が非常に魅力的に響いた。月光に冴え冴えと照らされるポンペイの街角のような世界に、人知れず置かれた芸術作品群、これを照らすものは青白い月光のみ、時には作品を守る小屋根を小雨が叩いて、人は傘をさして鑑賞する、そういった物語的なイメージが来た。
しかしタクシーを降りてゴールデン街に踏み込むと、やはりそう誌的にはいかず、新宿ゴールデン街は普段の姿のままであり、作品の影は乏しい。なんと言ってもここは道が狭すぎる。そこに作品を置いても、さがって鑑賞ができないし、酔っ払いが多くて、作品を傷められかねない不安が来る。建物と建物との間に作品が置かれてはいたが、空き缶を潰して貼りつけたもので、光線もないし、これが作品だというアピールがむずかしい。通行人の体が触れそうな狭い路地には、やはり油絵作品などは置きにくい。

石塚桜子さんの作品は、「二度物語」という店に展示されていた。泥酔したら乗降が危険そうな急階段を上がった2階に、カウンターと、ごく狭いテーブル席だけの店があるのだが、店内は黒で統一され、妖しい人形もぶら下がっていたりして、桜子作品とは雰囲気がよく合っている。
手を伸ばせば触れられる、狭い空間にかかる桜子作品は、普段の製作現場とも様子が似て、アトリエを訪れたことのある自分には違和感がない。窮屈なテーブル席にすわれば、作品の表面に鼻先を近づけることもできて、こういう展覧会もまた、状況劇場ふうの、きわめて日本的、四畳半的な芸術提供だ。
店内には、桜子さんやお母さんが待っていてくださり、きさくな若いママともども、歓待してくださった。石塚さんが入れたボトルの酒を飲み、A井さんたちは、桜子さんのお母さんのなれ染めについて、しつこくインタヴューをしていた。
それから階段を下って通りに出、桜子さんの案内で、別の店に森山大道さんの作品も観にいった。
もうずいぶん昔になる。「異邦の騎士」の舞台にした、元住吉のアパートに住んでいた友人が写真家で、彼が森山さんのファンだった。友人の撮っていた作品も、今思えば大道ふうだ。あの古い木造アパートでの彼の生活自体が森山大道だ。
彼の部屋でよく森山さんの写真を観て、ぼくもまた森山作品に馴染み、好きになった。当時はあのようなざらりとした、合板壁とモルタル壁の重層のような手触りが、東京の日常だった。そうしてこうした森山さんの作品を、その当時、横尾忠則さんが絶賛して解説文を書いていて、その文章の一部を、ぼくはまだ暗記している。
ゴールデン街という状況は、それ自体が森山大道だ。しかしここにおける森山作品は、ある店の店内を、女性の紅い唇の写真で充たすという、きわめて洒落たものだった。そうしておき、そのダイナミックな展示の隅、カウンターの上に、白塗りの木箱の上に羽根を並べるという繊細な作も置かれて、まことに綺麗な展示だった。
21世紀、彼もまた、少し変わったらしい。 
 
デジカメ日記 バックナンバー

Copyright 2000 Hara Shobo All Rights Reserved