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島田荘司のデジカメ日記
第231回
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4−11(月)、鮎川賞選考会
新宿小田急、ホテル・センチュリー・サザンタワー19階の「ほり川」で、2005年、第15回の鮎川賞選考会が行われた。今年の候補作は、「六月の雪」・篠宮裕介氏。「崖上十字」・井上幸俊氏。「群青」・九条菖蒲氏。「菜摘ます子」・鈴木一夫氏、の4点。選考委員は、笠井潔氏、山田正紀氏、それに当方の三人。15階の個室からは新宿御苑とか、明治神宮のものらしい緑が遠く望めて、和食をとりながらの会は、いつもながらあいあいとして、楽しいものだった。
しかし肝心の候補作の方は、残念なことに、ぼくが選考委員になってから最も低調という印象だった。まあこういう年もあるであろう。
けれどもこのような場所に、あまり威張ったふうなことは書きたくない。低調というのは、本賞に該当しそうなほどに、すべてが揃った作がなかったというだけで、読んでいて気分が楽しい作品はあった。各作、みなそれぞれによいところはあった。

たまたま文庫巻末エッセーを頼まれ、高木彬光さんの「成吉思汗の秘密」を読んでいたので、この作に共通する空気を持った「菜摘ます子」は、文章が暖かくて読むのが楽しかった。オペラやクラシック音楽全般に関しての薀蓄が高度で、その披瀝にはてらいがなく、作者の分身のような能天気な歯科医があちこちに顔を出す趣向も、高木氏の松下研三を思い出して愉快だった。しかし小説らしい表現は楽しかったものの、本格の探偵ものとしての構成や、内部の虚構をこちらに信じさせるための手続きが不充分で、本賞には押せなかった。

文章という意味では、「群青」もなかなか上質感があった。しかし文芸的な記述の割には内容に、定型依存の少女漫画のような不手際が散見され、やはり押せなかった。本格への興味もそれほどないようで、評価すべきポイントを、ちょっと見出しがたかった。当方、少女漫画を見下げる思想はまるで持ち合わせないので、少女漫画で行くのならば、ジャンルの持つきらきらとした夢の語りを、筆致を枯れさせず、乾かさず、もっと読ませて欲しい気はした。

「崖上十字」は、鮎川賞に定期的に現れるコード型パズラー。学生8人が信州にドライヴしていき、俯瞰すれば十字のかたちをした丘の上の風変わりな建物に投宿し、内部のどの部屋に誰が泊まったかが図示されてのち、密室殺人が起こるという趣向。こうした構造だと、こちらもいささか構えるので、よほど前進的、前人超越的な趣向を読ませてもらわないと、驚かないし感心がしづらい。
この作に関しては、まことに残念なのであるが、そのような斬新性を検討する手前で、大きくブレーキがかかるのを感じた。内部で何が起こっているのか正確に解らないこと。あちこちに挿入される民話が、ストーリー進行に対してどのような効果をもくろまれているのかが不明であること。あちこちで、ある達成感をもって置かれているらしい着地の筆の、感動の理由が不明であること。作中でなされる殺人が、これではどうも失敗しそうであること。などなどから、この作が本格として切り拓いたものの検討にまで、目が行かなかった。だがこの作は、あきらかによいアイデアは持っている。本格への興味も充分である。しかしそれを説明する文章が、少々追いついていない感じがした。

中では、「六月の雪」が最も見どころがあった。受賞させてもよいのではと考える選考委員もいた。この作に関しては、ぼくはふたつの背骨を持つ作のように感じていた。関西こてこてギャグによる古式ゆかしいハードボイルド、つまりは米西海岸私立探偵ものの関西移築。そして一種のユートピア論としての企みである。最も期待したい本格としての骨子は、あまり骨太ではない。というより作者は、本格ものに現れがちの事件は、条件網羅的にとらえてよいと考えるようで、あまり興味はないように感じた。
吉本ふう関西ギャグは、なかなか巧みである。このセンスによるハードボイルド的な達成は、一定量成功していると感じた。あとはもう好みであろう。
ブラック・ジョーク的なユートピア論は、一部大変引き込まれる個所があった。しかしそうならこのタイトル、「六月の雪」はこれでよいのであろうか。ニッポン・アパッチ族、嘘部の系譜的な「突き抜け感」は必要ないのか? 結部で突如、乙女の感傷となってしまった。作者自身も、この作が持ってしまったなかなかの二重構造に、自覚的ではないのだろうか。
しかしいずれにしてもこの作は、なかなか問題提起的なので、鮎川賞にはふさわしくないものの、出版するのは面白いと思う。磨けばさらによくなるとも思う。とそう思って会に望んだら、場の空気もそのようになったので、これに同意した。そういう選考会であった。
 
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