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島田荘司のデジカメ日記
第23回
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11−8(水)、吉祥寺、食べ物日記、イタリアンの夜。
ご存知、原書房T橋虫麻呂編集者と、「Room-s」でおなじみ南雲堂の南雲一範社長の三人で、吉祥寺の街へディナーにくり出す。東急デパート裏にある手軽なピザリア、「イル・パッキーノ」に行った。ここは庶民的な値段にもかかわらずおいしく、パスタの麺も選べるし、デザートも各種揃って充分に本格的なイタリアンである。吉祥寺という街は、探訪してみれば食文化に関してはすこぶる充実しており、これならわざわざ銀座まで出る必要もないし、海外に行く必要だってない。−−などと簡単に言ってしまうのは、ぼくが食通ではないからだろうか。
多少海外を知る者として日米、あるいは日欧の違いを述べるなら、まず何といってもたいていの日本の店は狭いこと、通路もトイレも狭く、だから空間が窮屈であること、それから店にたどり着くまでの街の印象がずいぶんとせせこましいこと、そのくらいだ。味自体は、日本のものが総体的に甘い印象であることを除けば、吉祥寺のこのくらいの庶民的な店であっても、本場にそうそうひけをとるものではない。
ただしこの狭いという事実は、知らないうちに国民になかなかのストレスになっていて、料理を味わうことの妨げになっている。味に限らず、各種嗜好というものは、気分にゆとりがなくては本当には解るものではない。これはいずれ別所で展開したいが、トイレに行く時くらいはさっと立って、つかつか歩いて行きたい。しかし東京では、たいてい狭いところに椅子がはまっているものだから、そうすれば椅子はどこかにぶつかるし、立つ時も、通路に向かう時も、テーブルの調味料の瓶だのコップだのを倒しそうになるので、そろそろと動かなくてはならない。さらには、椅子の背もたれに寄りかかった友人の背中をこすりそうになるし、隣のテーブルの客にもぶつかりそうになる。狭い日本では、万事そろそろと動くことが行儀になっていて、知らないうちに身が縮こまっている。
海外では、この手のストレスがずいぶんと昔から解消されている。靴で他人の家にづかづか入っていいし、友人の家の冷蔵庫を、主婦だって膝でぐいと閉めてよい。お湯の水流が強いから風呂はすぐに溜り、延々と待っていて、うっかりあふれさせるということもない。日本の家は紙を貼った障子に襖、汚れたら絶対に上塗りできない土壁、かつては畳の縁の布だの、敷居だのを踏んでも言語道断の行儀違反だった。日本には女子供が叱られる理由が満ち満ちている。そうする一方では暴力的泥酔者にはすこぶる寛容、肺癌のもとは野放し、優先順位の基準がかなり違っていて、こういうことは料理を味わう際の、けっこうさまたげになる。しかしこの種のわが厳しさは、料理職人の腕前をあげさせてもいて、これはまあ擁護者の言う通りなのであろう。
ともかくイタリアンである。パスタを何種類か取って三人でシェアし、いよいよリゾットの段ともなると、ひと抱えもある巨大な半月型のチーズがテーブルにどんと現れ、店の女の子が中身を削りながらお米と混ぜ合わせて、目の前で作ってくれる。チーズ自体が容器になっているのだ。このチーズは最初からこういう形状ではなく、毎日毎日リゾットを作るからこうなっている。
「このチーズ、どのくらいでこんなになるんですか?」
南雲社長がおずおず訊くと、
「もう、一週間くらいでこんなになりますよー」
という返事であった。
食後のデザートは、見本がまず運ばれてきて、これを見て選ぶ本格的なスタイル。見本の中にティラミスを見つけてひと安心、ついこれを取ってしまった。別にティラミスが格別好きなわけではないのだが、十数年前の日本であったなら、「ディラミス食べなきゃ遅れる、行くぞ一臆ティラミスだ!」の時代が去れば、「えー、まだティラミスなんて食べてんのー?」のそしりに怯え、こういうところからは早々に姿を消したと思えるからだ。わが国もようやく人情が落ちついたのかなーと、それがなかなか嬉しかったのである。
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