島田荘司 on line
on line top Weekly Shimada Soji top
編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第229回
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
1−11(火)、マンゴツリー東京
翌日また二人と吉祥寺で会い、昼食をとってから、門前仲町の「江戸深川資料館」を案内しようとした。
ところが地下鉄で門前仲町まで出て、それから地上の道をぶらぶら歩いていったら、大通りを折れる路地の入り口に資料館の門があるのだが、これに「本日は休館」と書かれた札が下がっていた。調べておなかった自分の失敗であった。そこでやむなく、資料館そばのカフェテラスでお茶を飲んでしばらく話してから、東京駅に向かうことにした。A井さんが、丸ビル内のタイフードの店、「マンゴツリー東京」というものを予約してくれたからである。ここでA井さんと落ち合い、四人でタイフードのディナーをしようという計画であった。

丸ビル内のレストランというものは、以前東京創元社のI垣さんと食事をして以来であったが、やはりここは特有の雰囲気があり、両店は似ている。窓外の夜景を客に観せようという配慮からか、この店もまた店内はやや暗い。しかし「暗闇坂」ほどではない。インテリアにタイふうという気配はあまりなく、ニューヨークふう、それともやはり東京ふうである。まあ高層ビルの一室なのであるから、室内に共通項が生じるのは当り前である。窓外には、相変わらず美しい夜景がある。
A井さんは福山以来の二人と再会し、大いに喜んでいた。マンゴツリーは、もっか話題の丸ビル内にあるハイセンス店だから、女性誌あたりが特集しそううで、二人も楽しんでいるふうだった。帰郷して、話のタネになったらよいと思う。
タイのビールで乾杯し、かなりの強行軍で疲れたらしい二人は、酔いも進んだふうであった。色白の小川さんなどは、真白い頬をほんのりと赤く染め、窓外の光を見つめる視線もうつろだ。その魅力的な風情に、A井さんの酔いが進んだことは言うまでもない。
しかし二人には帰りの新幹線の時間があるから、ここではもうカラオケを一発、というような提案はできない。そこでみなで比較的真面目に文学論などを話していた。A井さんは某T大の文学部で、小川さんは岡山のノートルダム清心女子大のやはり文学部であるから、そうなら二人に文学論の花が大いに咲いたかというと、これがそうでもない。長い週刊宝石時代の精進が、A井さんから該博な文学薀蓄を奪ってしまっており、もっぱら小川さんの大学院での奮闘ぶりなどを取材していた。
このあたりのA井さんの斬り込みはなかなかの玄人で、やはり彼は週刊誌の人である。カッパノベルスで私の担当などしているのはもったいないといつも思う。もっともともに酒を飲めば、出版社などにいるのはもったいないとも思う。やはり、新宿か六本木で飲み屋を経営させたら、彼は大いに敏腕であろう。それとも、店の酒を自ら飲み干してしまい、傾けるのであろうか。
小川さんはもうすぐ修士課程を修了する。そうなれば文学博士であるから、のちは教授であろうか。それともゆくゆくは文学館の館長か。A井さんもこれには感心して、カッパノベルスで何か文学を書いてくださいよ、と言って口説いていた。彼女は、いえいえ今の自分に書けるのは、大学内のノンフィクションくらいです、と言った。はあ、それはどのような……、とA井氏はなおも食い下がったのだが、彼女は語らなかった。
マンゴツリーの料理は、予想以上に本格的である。アメリカのタイフードなどとはまったく違い、ものによっては相当辛い。以前にも書いたような気がするが、ここにもわが「恥の文化」がある。辛くないタイフードというと、女子供のものだと哂われて、これが真剣に恥ずかしいのがわが民族である。だから東京では、辛くないタイフードにお目にかかったことがない。
アメリカでは逆に、辛いタイフードを食べた記憶がない。アメリカ人は他人に哂われても、もっともそういうことでせこく哂う人間というものがまた、紳士の国にはいないのだが、連中は笑われてもいっこうに平気である。強いと言うか、鈍いのである。むろんこれはわが民族への悪口一方ではなく、こういう繊細な民こそが、向上につながる切磋琢磨を生む。ただしもうそういうストーリーにばかり逃げ込んではいけない。やりすぎれば生活内部に不快が多くなり、電車は脱線し、今や一日百人に迫る人たちが自殺をする。ともかく今の日本には、「こうしてさえいればよい」、という安定のものは何もない。われわれは、日常のあらゆる定型慣習を、すべからく点検しつつ生きなくてはならない。

楽しい食事であった。時間が迫ったので、われわれは東京駅の新幹線の改札口にまで二人を送っていって、別れた。
あとで二人からメイルが来て、新幹線の車中では、お互いに携帯で撮った写真を見せっこして、すぐ時間がすぎたとのことであった。
 
デジカメ日記 バックナンバー

Copyright 2000 Hara Shobo All Rights Reserved