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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第223回
島田荘司のデジカメ日記
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10−29(金)、四都巡りサイン会ツアー、大阪
四都巡りサイン会ツアー出発の日が巡ってきた。A井さんがSSK各サイトのBBSに、サイン会の告知を書き込んでくれたが、これによれば、ぼくのサイン会は2年ぶりであるらしい。吉祥寺ロンロンの「花火の広場」でやったサイン会から、もう二年も経つということか。早いものである。あの時は「吉敷竹史の肖像」であったが、今年は「龍臥亭幻想」、吉祥寺の前は新宿で、やはりカッパノベルスの「涙、流れるままに」であった。考えてみれば、光文社+A井ラインでばかりサイン会をやっている。これもやはりA井さんという人が、生まれついてイヴェント好き、お祭り騒ぎ大好き人間だからであろうか。
WS刊へのA井さんの書き込みを見れば、「今回は西日本中心のツアーでありますため、東日本にお住まいの方々、まことに申し訳ありません。東北・北海道の皆さまは、次回のサイン会ツアーをお待ちください!」とあるので、いずれ東北にも連れていかれるのであろうか。北は大好きであるから、いずれ札幌、小樽などの書店には是非行ってみたい。むろん通子の故郷である盛岡など、東北各地もである。しかし、そうなるとA井さんの荒れた、あの薄野での悪夢が甦るのだが。

A井さんと2人、新幹線にうち乗って、まずは一路大阪に向かう。これは旅行スケジュールたての鬼才、A井さんが送ってくれた詳細なファルによれば、12時50分東京発の「のぞみ19号」であった。別にアリバイくずしものではないのだから、列車名まで書く必要はないが、せっかくだから書いている。そして新大阪着が15時27分。そこからタクシーでホテル・グランヴィア大阪に向かったらしい。実はこれを書いている今は、もうかなり日にちが経っているのでよく憶えていない。A井さんの資料によれば、ホテルの住所は大阪市北区梅田3−1−1となっている。
新大阪駅前では、ちょっとしたミステリーがあった。A井さんが姿を消して何かを探しにいっている間、ぼくはタクシー乗り場の手前に立って待っていたのだが、そこで「島田荘司さんですか?」、と声をかけられた。「はあそうですが」と言ったら、「ちょっと仕事があって、会場に行けそうもないので、ここでサインしてもらえますか?」と言われる。「いいですよ」と言ったら、紙袋から何冊か四六本を出してこられた。感じのよい人であったから何も問題はなかったが、ちょっと驚いた。よく解ったものだなと思った。
色紙も出されて何か書いたように思う。握手をして別れたが、後でA井さんとタクシーでホテルに向かいながら首をかしげた。まずは、よく解ったものと思う。こちらが島田荘司とよく解ったという意味もあるが、あのタクシー乗り場に行くということが、よく読めたものと思う。新大阪駅は広く、タクシー乗り場はひとつではあるまい。こちらが別のタクシー乗り場に向かったらわれわれは会えなかった。そうしたら彼は、「仕事で会場に行けない」のだから、あれだけ本の入った紙袋をさげたまま、ぼくには会えなかったという話になる。
しかしまあ、これはこういうことであろう。「仕事で会場に行けない」というのは、その場でサインしてもらうためのちょっとした言い訳で、軽く思いついたのであろう。ここに来るであろうと見当をつけてタクシー乗り場で張っていたが、来なければ来ないで、会場に来たのであろう。そして会場でなく途中で捕まえたかったのは、古書店経営者だからだ。著者のサインがあれば古書は高く売れる。会場に行ったなら、出す本の冊数は少なくしたのであろう。そうしたくないために、あのように途中で捕まえた。
サイン会をやって、まず問題となるのがこの古書店である。今回のサイン会の例で言うと、光文社としても、主宰する書店としても、「龍臥亭幻想」を買ってくれた読者だけにしたい。光文社の場合は、ほかの吉敷本までは広げてもよいと考えている。サイン会とは、こちらは読者への感謝であるが、書店としては、目的は当該本の売り上げ増である。そこに自分の書店で買ったわけではない本を何冊も持ち込まれ、いわば商売をされては並んだ客の迷惑になる。1冊ならすぐすむが、何冊もであれば時間を食う。読者との握手の時間も削られるかもしれない。だから書店も光文社編集者も、「お買いあげの本だけにしてください」、とうるさく言う。もちろん友人の分もということで、同じ本を二冊買ってくれているのならこれはよい。
しかしぼくは、こういう古書店割り込みの事情は百も承知していて、これもOKだと言うことにしている。タレントではないのだから、サイン会などしょっちゅうあることではない。時間がかかって書店に迷惑をかけるかもしれないし、立ち会ってくれる編集者や書店員を立たせる時間が長くなるのは恐縮だが、ぼく自身はまったく問題ではない。いくら時間がかかっても並んでくださった全員につき合う覚悟など満々とある。深夜までかかっても楽々とやって見せると思う。
ただし、例によってなかなかそうした誠意が通じないことはある。こういう古書店経営者が目の前に来ると、むろん全員がそうだと言うのではないが、あきらかに立腹していて、こちらを怒りとともに睨みつけていく、ということがままある。理由はむろん女性が多く並んでいることへの戦中道徳型の怒り、こちらは十冊もサインさせたいのに、無理やり2〜3冊にさせられたことへの怒り、つまりおまえはそんなに偉いのかという例のストーリー、若者に混じって長く立たされたことへの怒り、過去気に入らない作があったかもしれないし、賞を辞退している姿勢への反感もあるかもしれない。道徳立腹の怒りは、どのようにでもストーリーが組める。こういう人が何人か続くと、やはり買い上げ本だけにしてくれというポリシーは正解なのかな、あえて抵抗しなくてもいいのかな、と思わされる。

しかし、大阪・旭屋書店本店でのサイン会は、まったくそういうことはなかった。今思い出しても、悪い記憶が少しもない。書店、奥まった位置の会場に行ってみると、奥だから行列を作る場所がなく、裏口脇の階段に列が登っている。聞けばこの時、列は四階にまで届いていたのだそうだ。まったく恐縮し、申し訳ない思いで一杯になり、さっそく全力でサインを開始する。みんなにこにことしていい人で、長く待った疲れなどまったく表情に出さず、ここが年間3万数千人もの自殺者を出す冷えた国であることをしばし忘れる。作家になって最高の気分を味合わされる瞬間であり、そしてこういうことはいつか終わる、サイン会をしても人が集まってくれなくなる時が来る、それはいつなのだろうな、とかすかな不安も覚えさせられる瞬間でもある。
一人一人にサインして、握手をする。写真をと言われると、立ってその人と2人、おさまる。撮影担当は、光文社販売促進部のスタッフである。ずっとそういう作業を続けていると、遠方から「A井さーん」と黄色い声がかかり、おおさすがにA井氏、人気があるなと思って声の主を探すと、オクラさんたちのご一向であった。
大阪のサイン会では、印象に残ることが何度かあった。その1人は、「たくさんの感動をありがとうございます」と言われ、深く頭を下げられたこと。この時は強烈に胸が熱くなり、サインの手が震えそうになった。「こちらこそですよ」、と何度も繰り返したかったが、一人一人に割く時間は短く、こちらがよいことを何も言えないまま、その女性は去っていく。
まるでテレビCMから抜けてきたような、絵に描いたような美男美女の夫婦がいて、目を見張ったこともある。2人は乳母車を押していた。この両親なら、この子はいずれスターであろうと思った。絵と言えば、額に入れた絵を下さった方もいた。箱に入っていたので、開けてもいいですかと訊いたら、控えめに頷かれるので、蓋を取ったら、ぼくの顔が描かれていた。見事な精密画で、どうやら「季刊01」の冒頭に載せていた写真の模写らしい。きっと本職の画家に違いない。ほっそりとして感じのよい人で、控えめなのだが、特殊感が体全体から発散されていた。
男性たちの性格も、顔立ちもよかったが、女性たちの顔立ちのよいことには目を見張るばかりで、横で手伝ってくれている女性好きのA井さんが、興奮でどもりはじめ。
「し、し、し、島田センセのど、ど、ど、読者さんは、び、び、び、美人度が高いすね!」と感動して言う。これは確かにそうである。決して贔屓目ではない。横でページ押さえを手伝ってくれた旭屋書店スタッフの女性までが性格がよく、魅力ある人であった。しかしそれだけではなく、才能のある人が多いことにも驚く。
もと誠之館の同窓であった人も並んでいてくれ、場所が大阪で思いがけなかったから、嬉しかった。「佐藤ですが、解りますか?」と言われ、格別親しい人ではなかったから、一瞬解らなかった。しかしすぐに思い出した。顔の印象は変わっていなかった。彼はとても人格者であり、高校時代は非常に控えめで、行動派ではなかったから、とてもサイン会に並んでくれるような人とは思えず、ぼくの名前を書店で見つけ、よほど懐かしかったのだろうと思い、感激した。
控え室に戻り、さらに「龍臥亭幻想」50冊ばかりにサインをした。そして書店スタッフに花束をもらい、拍手に送られて書店を出た。非常に楽しい、気分のよい一日だった。
それからA井さんと2人タクシーに乗り、寿司を食べにいく。まずは初日無事終了の慰労会を2人でして、ビールで乾杯する。後は梅田繁華街に繰り出したりはむろんせず、ホテル・グランヴィアに直帰して、明日にそなえて早めに眠った。
 
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