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島田荘司のデジカメ日記
第222回
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10−24(日)、龍臥亭組曲のレコーディング
この日の午後3時から、文京区関口のキングレコード・関口台スタジオというところで、作曲者大嶋美智子さん自身の演奏で、「龍臥亭組曲」のレコーディングが行われた。護国寺の光文社や、講談社からも歩いていける場所で、地下鉄有楽町線、江戸川橋駅からも歩ける。時間があったので、ぼくはぶらぶら歩いていった。別に時間通りに行く必要はない。録音中にできることなど何もない。レコーディングが終わったら、ダ・ヴィンチ誌のインタヴューや撮影があるから、こちらはそれに間に合えばよいのだ。
関口台スタジオはすぐに解った。日曜日だったから、建物には人けがない。入り口を入り、ピアノ曲のレコーディング・スタジオは地下1階と聞いていたので、階段を降りて部屋を探した。見つけ、ミキシング・ルームに入ると、ドアを開いた途端に、ピアノの華麗な音が耳に飛び込んだ。
ミキサー室で聴いていても綺麗だが、これはPA装置が立派なせいかもしれない。しかし後でステジオに入り、直接聴いてみてもそうだった。まるでオーケストラのようなものすごい音がする。かすかなタッチでも素晴らしくよく響き、打てば轟然と鳴る。大変な迫力で、知っている曲でもまるで別な曲だ。これならピアノ1台で充分に思える。管弦楽の助けなど要らない。
レコーディング中は、袖があったり、衣擦れの音がする着衣はよくないということで、大嶋さんはセーターにジーンズ姿でミキサー室にいた。横には彼女の友人の稲葉さんがついていて、心配そうだった。大嶋さんが楽譜を見つめ、頭を抱えて非常にナーヴァスになっているからだ。
コンソール後方のソファにかけ、ぼくはしばらく録音を聴いていた。ピアノの圧倒的な音に影響されてか、大嶋さんの演奏も、まるで以前と変わっていた。アップ・テンポでロックっぽかった「龍の舞い」なども、クラシック曲のようにリズムがゆるゆる変化して、まったく別の曲だ。ピアノの音の華麗さに負け、それとも自身感動してしまって、テンポが維持できないのだ。
「ガラス箱の中の殺人」もそうで、これは非常にゆっくりと入り、感情が高まったら早くなる。しかし早くなってもそこで安定するから、このような解釈も悪くない。「悲しみの村」とか、「眠る龍」などは、これは淡々とした演奏でも非常な説得力が出ていた。これはピアノの力もあずかって大きいであろう。聞けばこのピアノ、三億円もするという。こんなすごいピアノをはじめて見た。
しかし大嶋さんは非常に緊張していて、少々混乱もしているようだ。まあ一人ですべてをやらなくてはならないのだから、プレッシャーは大きい。彼女を助ける音はいっさい存在しないのだ。「調子いいじゃないですか」、と声をかけても、「いいって言うかなんていうか……」、と暗い声で言う。ある曲で、「これ、ゆっくりになりましたね」と言うと、「ゆっくりとか早いとか……」と言って、もう後が続かない。すっかり自分を見失っていた。あとで聞くと、練習不足が非常に気になってしまい、あがってしまった言っていた。
けれどもこの日、ミキサー室で聴いていて、「貝繁村の星空」、「窓辺の雨だれ」のできは格別素晴らしく感じた。大嶋さんはミスタッチを気にしていたが、今はもう音さえ存在して、それが濁っていなければ、後で修正ができるのだと言う。大嶋さん自身が考える以上に、できはよかったと思う。
しかも、組曲のすべてを一日で録ってしまったのだから、まるでビートルズのデビューLPだ。大嶋さんはミキサーに、「こんなにかかるものなんですか?」と訊いていたが、通常は1日1曲だ。1日で11の組曲全部を録音してしまったのだから、たいしたものである。
この時、最後から2番目の曲のタイトルを、花巻で考えてきた「光の道を行く」にしましょう、と大嶋さんに提案した。
大嶋さんはあまり満足していないようだったが、録音は一応すべて終了し、後は撮影ということになった。CDのジャケット用の撮影、そして雑誌ダ・ヴィンチ用の撮影である。このそれぞれに別のカメラマンが来ていて、だから都合2人いた。大嶋さんは撮影用に、赤いイヴニング・ドレスに着替えた。そしてカメラマンが苦労して作っていた白バックとパラソルの間で、大型カメラのストロボを浴びたり、スタジオに入って、ピアノを弾いているところを撮影されたりしていた。だからこの赤いドレス姿は、本番の録音時のものではない。こんな服では窮屈だから、リラックスした演奏はできない。
今日一日は、大嶋さんはスターである。レコーディングの緊張から解放され、2人のプロ・カメラマンにストロボを浴びせられて、この日の彼女は非常に可憐であり、綺麗であった。だから何気なく彼女を写した、どの写真も非常に美人である。むろんもともと顔だちもスタイルもよい人ではあるが、この日は特に際立っていた。女性は面白いものだとつくづく思う。
ぼくの方も、ついでにカメラを向けられ、大嶋さんと並んでいるところを撮られ、さらに護国寺の光文社の会議室に戻ってからも、インタヴューされながらまた撮影された。彼女のインタヴューも、この時に一緒に行われた。
この日の録音は、キング・レコードのCDとなり、「龍臥亭幻想」の読者に抽選でプレゼントされる。こんな曲ができましたと最初の曲の録音テープを聴かせてもらって、もう8年という年月が経ったが、どうやらようやくかたちになった。大嶋さんもピアニストとして、これをきっかけにさらに飛躍してもらえたらと思う。
 
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