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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第221回
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10−22(金)、第14回、鮎川哲也賞のパーティ
ホテル・エドモンドで、恒例の鮎川賞受賞パーティが開かれた。選考委員だから行かなくてはならない。ホテル1階のティールームで、またしてもA井さんと待ち合わせていたら、金田賢一さんとオオトリさんも姿を現してくれた。原書房I毛編集者も来てくれる。
今年の受賞者は2人いる。女流画家を取り巻く女性世界に、忽然と現れた奇怪な謎を成熟の筆致で描いた「密室への鎮魂歌」、岸田るり子さんと、横溝コードの大胆アクロバットを、堂々たる若書きで演じた「鬼に捧げる夜想曲」、神津慶次郎さんのお2人だ。お会いしてみたら、2人ともとてもルックスがよくて、神津氏はタレントふうの格好よい若者、岸田さんは高校生と中学生、2人の息子さんをお持ちだそうだが、とてもそうは見えない、若々しくて可愛い人であった。
今年は選考経過の報告をやらされる番なので、司会者に呼ばれるまま、壇の上にあがっていって経過を説明する。くどくならない程度に一作ずつ、できるだけ丁寧に説明した。今年候補作で敗退した人は、述べたことを参考にして、また次回に挑戦してもらえたらと願っている。
続いて受賞者の2人が、マイクの前に進み出て抱負を述べたが、神津氏は若者らしく、頑張るということと受賞のお礼をごく短く、岸田さんはさすがに落ち着いていて、丁寧に感想や、今後の抱負を述べられた。2作ともに近年になく有望な出来であったから、定型の辞令でなく、ぼくは今後に期待をしている。受賞トロフィーは、笠井潔さんが手渡してくれた。短編賞に関しては、有栖川さんが壇上に出て報告してくれたが、今年は出せなかったとのことである。
儀式を終え、立食の歓談になり、岸田さんには金田さんたちを紹介した。今回は選に漏れた、「パブロ・ピカソの肖像」の小早川さんが来てくれたので、しばらく話す。非常に立派な印象の人だったから、尋ねてみると、気象庁にお勤めとのこと。天気予報には大変興味があり、以前から考えている構想もあるので、是非いずれ、職場を見学させて欲しいとお願いした。彼は、実は今年、短編賞の方でも候補になっていて、こちらも選には漏れたのだが、天気予報に材を採った意欲作とのことなので、興味が湧き、読ませてもらうことにする。
今彼はこの会場の喧騒にあり、無念さを噛みしめている1人だが、何年か前の柄刀さん、氷川さん、西澤さん、そして二階堂さんも同じであった。選に漏れたばかりの年、この同じ会場で彼らがぼくに見せた表情を、ぼくは今もよく憶えている。
死体に対し、捜査員がちょっと黙祷するといった場面をはさめばよかった、乳首に関しては、写さないようにフレーミングすればよかった、毎年のことだが、目の前に来てくれる人たちと順次話していたら、何も口に入れる間もなく蛍の光を聴く。そうしたらI垣さんとA井さんがやってきてくれ、ホテル前の晩酌亭というところで二次会をやるという。その時ぼくは綾辻行人氏と話していたので、君も一緒に行きませんかと誘ったら、これから文春の「ミステリー・マスターズ」の今後についてのミーティングがあるので、ぼくはそっちに行かなくてはならないとのこと、それで彼とはホテルの会場で別れる。
二次会の会場はお座敷で、主賓の岸田さんもついて来てくれた。ほかには麻耶雄嵩氏、この2人は同じ京都在住なのだそうだ。それから札幌の柄刀一氏、A井さんも主宰者の1人である、光文社・カッパワンのシリーズが輩出した、石持、加賀美、東川の各新人作家たち、それに金田さん、オオトリさんも来てくれた。I毛編集者も参加してくれた。
お座敷で乾杯となり、音頭をとれと言われるので、受賞者の岸田さんはむろん讃えたが、続いていつもお世話になっているA井、I垣、I毛各名編集者を、ひと渡り持ちあげるようなことを言ったら、特にA井編集者は恐縮して、翌日お礼のメイルをくれた。
乾杯の後、岸田さんはみなに大いに祝福され、「いやあスピーチ、落ち着き払っていましたね」と褒められ、「えー、緊張しまくっていました」との返事。「意外意外、全然そうは見えなかった」と、みな口々に言う。
岸田さんは、以前にも同じ鮎川賞の候補になっている。これはぼくも憶えている。悪くないものだったが、非常に優等生的な作品だった。「今回のような、定型に寄りかかっていない、特殊な謎の作が三つも続けば、必ず安定飛行に入れる、次作のアイデアはありますか?」と訊いたら、「ないです」の返事。やや不安になるが、彼女には大変期待している。
まあ次がずいぶんむずかしいであろうことは神津氏も同じ、というより、彼の方がもっとであろう。しかしなんとか頑張って欲しいものと思う。最近は作家の数が多いから、また賞も多いので、受賞はデビューに鳴り物が少し入ったというだけ、一年後によい後続作がなければ忘れられてしまう。日本では、新人はある程度量産の必要がある。そんなことを言ったら、岸田さんはいささか不安そうな顔になった。お勤めも、子供の世話もあるので、なかなか執筆に没頭はできないということのようである。
ともあれ今日は騒いで、すべては明日からである。逆説的だが、作家が文壇でパワーを持つとは、政治発想などはおかど違いで、何かの賞を受賞したら、翌日それを忘れること、評価の高い作をものにできても、翌日にはその事実を忘れることである。これにつきる。
傑作と自負する作ができても同じで、ゲラのチェックを数限りなく真剣に繰り返していれば、できてきた本などは見るのも嫌になる。もちろん表紙は見たいし嬉しいが、中身など一行も読みたくない。のちに好評の声を聞いたらちょっと読み返すのはいいが、過去を向いていても仕様がない。長くやっていれば、たまには評価のある作も書ける。が、それを真に受けて、ああなんて良い作品をオレは書いてしまったのだろう、などとぐずぐず思っていれば次の作は書けない。書けてもよいものにならない。あの傑作があるからいいや、と言い訳を思ってしまう。
しかしまあ一作ばかりが世に出た時点で、そんなことをあれこれ言っても実感はできないであろうから、あまり言わなかった。ひとしきり騒ぎ、店の前に出て記念写真を撮ったら飯田橋の駅まで歩き、みなで電車に乗って家に帰った。
 
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