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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第220回
島田荘司のデジカメ日記
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10−21(木)、駿河台「鷹ばん」で、吉敷映像化ティームと食事
千代田区の神田駿河台にある「鷹ばん」という店に、TBSの2時間ドラマ、「吉敷竹史のシリーズ」の製作スタッフ、プロデューサーの千葉氏、安井氏、脚本家の高田氏、光文社側からはカッパノベルス編集長のW辺編集長、A井副編集長が集まり、これに原作者のぼくも同席して、「寝台特急はやぶさ1/60秒の壁」放映に先立っての、顔合わせミーティングを行った。
鷹ばんというのは、日本酒地酒と、これに合わせて独特に工夫されたオリジナル和食に定評のある店である。この日に出された鍋ものも、麹の味がきわだっていて、大変うまかった。麹の舌触りは特有だから、馴染めば後を引く。常連客がまた行きたくなるのもよく解る。W辺編集長が早稲田の学生時代、電停前の鷹ばん本店によく通っていて、そうしたらここの息子さんが独立して駿河台に支店を出した。そこで今宵は、この鷹ばん支店でテレビ化スタッフと食事をして、仲良くなっておこうという話になった。店はまだ新しい印象で、テーブル席につけば、そういういきさつが納得できる。
A井氏の場合、千葉氏、安井氏、高田氏とこれまですでに何度か会っている。が、編集長のW辺氏は、まだスタッフと顔を合わせていない。もしもシリーズ化するということなら、付き合いは長くなりそうだから、この際関係者でミーティングをしておこうということになった。
しかし実はこの時、放映に関してちょっとした事件が起こっていた。新聞のラテ欄や、テレビ・ガイドに放映がはっきり予告されながら、直前になって突然延期になった。なかなか異例のことなので、みな戸惑っていた。この会は、事態のわれわれへの説明や、対処の相談をしようとするものでもあった。
とはいえ、延期の正確な理由は解らない。2人のプロデューサーは、TBSの社員ではないからだ。しかし、収録した内容に問題があったゆえはあきらかで、長崎での子供突き落とし事件などの世相から、局が神経質になっていることはあるだろう、と千葉プロデューサーは言う。以下は若干の憶測もまじえての説明だが、マンション浴室での最初の死体発見の場面、次いでここに集まった捜査陣の態度に、被害者たる死者への敬意が欠如しており、まるでモノを扱うように接していることが抵抗感を呼んだ。これに加えて、死体の女性の乳首が見えているのも、局上層で問題になっているのではないか、という話だった。
まあおそらくは、そんなあたりであろう。テレビというメディアは、直接茶の間に映像を届けるものであり、団欒の人間関係にも分け入る。この団欒の輪には子供もいれば若い嫁もいる。彼らは事件報道のニュースと同列、同感覚で2時間ドラマと対峙する。多少白々しくとも、形式的な配慮は要るであろう。
死体に対し、捜査員がちょっと黙祷するといった場面をはさめばよかった、乳首に関しては、写さないようにフレーミングすればよかった、といったような話になったが、これはもう後の祭りである。スケジュールがびっしりと埋まる俳優たちに、もう一度集まってもらって収録し直すということは、現実には不可能である。金も別途かかるし、何より日にちがずっと先なってしまう。では現実にどうするか、乳首の方は、まあトリミングで行くほかはなかろう、多少画面は荒れるが、一瞬のことだから、視聴者はすっと見逃してくれるであろう、そんなような話になった。
高田氏などは延期にショックを受け、放映予定日のTBSの該当枠で、自分が脚本を書いたものでない別のドラマが現実に流れるのを観て、これは永遠にお蔵になってしまうと感じて落ち込んだ、というようなことを以前にぼくに語っている。脚本家という職業人は、そういうものなのであろう。作家は本が上梓されたらそれでもう終わりで、映像化は楽しいし、出来がよければ大変嬉しくもあるが、これは自分の実働とは無関係の、オマケのようなものである。しかし脚本家はそうではなかろう。シナリオが製本化され、活字になっても仕事は終わらない。役者がこれを演じ、これを録画したヴィデオや、撮影したフィルムが世に公開されなくては、成した仕事は存在しないも同じだ。また脚本家の場合は、監督、スタッフ、役者、電波に乗せてくれる会社、委ね託す相手が無数に存在するから、こういう経験をさせられることはままあるらしい。また起こるたびに同種の以前の体験を思い出し、不快にもなる。高田氏とはもうつき合いが長いので、彼の人となりはよく知っている。この日の彼はむろんもう元気を回復してはいたが、やや憮然たるふうがあった。
しかしまだお蔵になると決まったわけではない。今TBSは2時間もののストックの数はそう多くないので、そうならない確率の方が高い。というような話にして、後は酒を飲み、楽しくやる。先日花巻に行って、宮沢賢治の史跡や名所を巡ってきた、という話をしたら。千葉プロデューサーはそのあたりの出身なので詳しく、話に乗ってきて、いろいろと説明してくれた。そして地元の一部では、彼は必ずしも敬意を払われる一方ではなく、鼻が高くなって傲慢だと考える人たちもいた、という話であった。確かにそういうこともあるのであろう。地元で接した賢治への評価は手放しで、まさに英雄に対するようであったが、あれは観光客への型通りのコメントなのであろう。
ぼくはこれから、関西にサイン会ツアーに出かけることになる。11月1日に東京に戻ることになると言ったら、ではその日に赤坂を廻り、TBSの局プロデューサーに、短時間でいいから会ってもらえないだろうかとプロデューサーは言う。原作者が局の担当に会えば、それなりにプレッシャーかけの効果になるから、相手も早めの放映に動くであろうし、内部の事情がさらに聞けるかもしれない、というようなことを千葉氏が言った。別に異存はないから、そうすることにした。
高田氏は小田原なので、電車の時間に間に合うように食事を終え、店の前で記念写真を撮って解散した。
 
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