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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第219回
島田荘司のデジカメ日記
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10−19(火)、横尾忠則さんに会う
護国寺の光文社に行き、会議室で、カッパノベルスの書き下ろし最新作、「龍臥亭幻想」50冊にサインする。この本は、以前にいきさつを述べたが、横尾忠則さんに表紙を担当していただいた。横尾さんは今、台東区谷中の「スカイ・ザ・バスハウス」呼ばれる画廊で個展を開催中である。そこでお礼を兼ね、これを見学にいく。
石塚桜子さんも観たいということなので誘い、A井編集者と3人でタクシーに乗って谷中に向かう。本にサインをしていた間に、表には雨が降りだしていた。車の窓をしきりに雨が伝い、谷中の道筋は暗いから、陽が落ちると道が解りづらい。運転手さんもけっこう迷って、目的地からは若干離れた車道で、われわれはタクシーを降りることになった。路地に入ってしばらく行くと、ようやく目印の煙突が、暗い雨の空に見えてきた。
スカイ・ザ・バスハウス画廊は、谷中にあって200年の歴史を誇っていた、「柏湯」という廃業したお風呂屋を改造したユニークな画廊である。表からの眺めは、入り口の引き戸の手前に暖簾がかかり、空には煙突が屹立して、タオルを持たずに風呂屋に来た風情だ。窓ガラス越しに見える内部は、煌々とスポットライトがともり、セメントの印象も目に新しく、広々としたユニークな空間になっている。浴槽などはもうどこにもないが、ぼくは自分の作品、「暗闇坂の人食いの木」を思い出した。あのロケに使えそうである。
谷中や日暮里には、何故なのか画廊が多い。以前桜子さんがやった個展の会場もそうであったが、ここも山手線の谷中駅から徒歩で六分、地下鉄千代田線、根津駅からなら徒歩七分という位置にある。地図で見れば、乱歩のあの「D坂」にもほど近い。
さすがにビッグなアーティストの個展だから、人手が多い。それほど広大ではない画廊の空間に、ひしめくようにして鑑賞者たちが立ち、ぞろぞろと移動している。入り口脇に、客と談笑している横尾さんの姿も見えた。

作品は、江戸の女たちの入浴の光景である。浮世絵の女たちが大勢裸身で立ち、ひろびろとした浴室のそこここに、てんでにたたずんだり入浴したりしている。一時代を開いたかつてのサイケデリックなものほどではないが、これもまた女性たちの肌が極彩色の、「夢の光景」であり、衝撃の画像群だった。これはこの「柏湯画廊」以外、発表の場は考えられない。すべて大作で、ゆっくりと歩み、観て廻るほどに、世界が連続する大画面は、次々と眩暈がするような不思議な現世とのずれ、それとも既視感をもたらす。
「また」と言ったのは、多くの作家がそうだが、横尾さんという人は特に夢体験を大事にする人で、以前に世田谷区成城のアトリエにお邪魔したおりは、幾晩か続けて滝の夢を観たと言って、滝の絵ばかりを描いていた。確か池袋のデパートで行われたと思うが、滝の個展も、後日一人で観にいった。これは写真のコラージュも使われている見事なもので、あの日は写真集「世紀末日本紀行」の表紙をお願いしに行ったのだが、期待通り、拙作にもあの頃の横尾さんが没頭していた曼荼羅的コラージュ世界が現れ、小躍りものに嬉しかった。まさにこれを期待して、横尾さんにお願いしていたからだ。今回は「龍臥亭幻想」の表紙の仕事を終えて、このお礼に来ている。
そして、講談社の「透明人間の納屋」も、サインをして1冊持ってきている。それは石塚桜子さんの絵が表紙の装丁や、挿画として内部に使われているために、彼女の名刺代わりに持参したのだ。彼女は以前に、横尾さんの特別講座を受験したことがあり、会うのはその時以来だという。むろん大勢の学生の一人だったから、横尾さんは憶えていらっしゃらないでしょうけど、と言う。一緒に絵を観て廻っていたら彼女が、「天井にファンがありますね」、と指摘をした。これはその通りで、どの絵にも必ず、スティール製と見えるファンが描き込まれている。これは作品群の重要なファクターになっていて、これが奇妙な既視感、また異相空間といった酩酊感の理由になっている。さすがに彼女の感性は、横尾さんの世界にしっかりとシンクロし、了解をしていた。
A井さんが横尾さんに声をかけに行き、われわれは大勢の人でごった返すフロアで再会した。この日の横尾さんは柔和で上機嫌で、60年代にわれわれを捕らえたあの大きな目の、少年的な風貌をまったく失っていなかった。この日はというのは、以前の会見の時は、ある女性シンガーのCDの仕事をしたのだが、この歌手の夫君の態度が不快で、林檎をジャケットに使ったのだが、これは何故林檎でなくてはならないのか、理由を説明して欲しいと詰問口調で言われた。戦略としてあれこれ理屈をこじつけることは出来るが、実際はそういうものではなく、感覚だから、説明などはできないと言い、怒っていた。そして、以前にNY近代美術館に作品が収納されたり、海外での評価が高まった時代、日本のお偉方たちの態度が不快で、嫉妬としか見えなかったという話もしてくれ、これはこれで、非常に貴重な話が聞けて楽しかった。あの時は2時間くらい話し込んだ。
この日の横尾さんは、大勢の人たちの相手をしなくてはならないからあまり時間がない。立ち話をして桜子さんを紹介し、「透明人間の納屋」を差しあげて、写真を撮りたいと桜子さんが言うから、3人で並んで、A井さんがかまえるぼくのデジカメにおさまった。この時に横に立つ横尾さんが、「島田さん売れっ子だから、最近あちこちで名前を見ますよ」、と柔和な口調でお世辞を言ってくださった。「いえいえ」と言っておいたが、配慮と解っていても、なんだか他愛なく嬉しかった。横尾さんはぼくの60年代からのアイドルであり、そういうカリスマに、直接そんなふうに言ってもらえることは、きわめてミーハー的に幸せなことである。あの時代、そんな日がこようとは夢にも思わなかった。
固く握手をし、もう一度お礼を言ってからお別れした。3人で作品を観て廻り、世界の横尾のパワーが依然健在であることを再度確認してから、霧雨の谷中に出てタクシーを拾った。銀座に向かい、桜子さんをまじえて食事をして、その夜はお開きにした。横尾さんの近作群に触れ、桜子さんも触発刺激され、興奮していた。
 
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