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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第211回
島田荘司のデジカメ日記
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3−3(水)、スペイン舞踊団のサロメ。
シカさん石毛さんと別れ、渋谷文化村オーチャード・ホールへ、スペイン舞踊団のサロメを観にいく。フラメンコを生んだ情熱のスペインが見せる最高のサロメということで、ちょっと見逃せないところだ。
サロメの物語は、以前「アトポス」にも書いた。古代ローマの時代、ガリラヤの地を支配するヘロデ王に嫁いだヘロデア、その連れ子のサロメは、美しく成長して踊りの名手となる。
新しい父にも、陰謀家の母にも馴染めないサロメは、ヘロデ王とヘロデアとの婚姻を不義だと批難し、獄につながれているヨハネに次第に惹かれていく。しかし思いをうち明けるサロメに、ヨハネは拒絶の言葉をかける。
サロメは、7枚のヴェールを次々に脱ぎ捨てる官能的な踊りによって、好色なヘロデ王の歓心をかうことに成功する。褒美は何をやろうかと持ちかける王に、サロメは「ヨハネの首を」、とささやく。
新約聖書に取材した有名な物語で、昔から多くの踊り手によって、繰り返し演じられてきた。「アトポス」ではレオナが踊っていたが、映画の黎明期、青木鶴子が踊ってハリウッドのスターとなり、川上歌奴が日本で踊って女優第1号となった。
会場で買ったパンフに、比較文学の井村君江氏のサロメ研究のエッセーがあり、これがあまり知られていない貴重な情報を含んでいたし、また共感できるところがあって、印象に残った。
甘やかされて身勝手な「サロメ」の名は、皮肉なことに、ヘブライ語では「平和」を意味している。高名なサロメの物語は、新約聖書中の福音書、「マタイ伝」とか「マルコ伝」が伝えるエピソードから来ている。しかしここには、「ヘロディアスの娘」という記述があるだけで、サロメの名は書かれていず、また事件も、ユダヤの王ヘロデの誕生日に、王妃ヘロディアスの娘が舞を舞い、その褒美にヨハネの首を所望して、与えられるとこれを母に手渡した、となっているばかりである。ここでのサロメは、母親の言いつけを忠実に守っているばかりで、ヨハネに恋をしたり、それがかなえられなくて、恋心を一転憎しみに変化させたりもしていない。
では史実はどうかというと、歴史家フラウィウス・エセフスの「ユダヤ古代誌」には、ヘロディアスの娘サロメと、ここでははっきりと名前が明記されている。しかしこのサロメは、ピリポと結婚したが24歳で未亡人となり、アリストプロスと再婚し、3人の息子の母となって平和な生涯を送った、とのみ書かれていて、王の誕生日に舞いを舞ったとも、ヨハネの斬首刑に関与したとも、いっさい書かれてはいないそうである。
少女サロメに、7枚のヴェールを脱ぎ捨てさせて全裸にし、ヨハネに強引な恋をさせて、あげく彼の生首を銀の盆に載せて狂気の踊りを踊らせた張本人は、アングロ・アイリッシュ系の作家、オスカー・ワイルドである。彼のひと幕ものの舞台、「サロメ」が世に現れて以来、そしてワイルド自身は気に入っていなかったようだが、これを描写したビアズレーの絵画が、世の人々がサロメを思う時、即刻瞼に浮かぶ強烈な残像となった。
しかしワイルドの戯曲では、ヨハネの首を銀の盆に載せて舞ったのち、サロメはヘロディアスの願いによって王宮を追放され、砂漠をさまよったあげく、真冬の川に転落する。張っていた氷が割れてサロメの頚部を直撃し、切断された彼女の頭部は、ルビーのように赤く染まった水面を、氷に載って下っていく――。こういう因果応報の、二重斬首の物語になっていたという。しかしサロメの斬首などの後半は舞台に載せづらく、実現しなかったため、ヨハネの霊が彼女に報復するエピソードは世に忘れられた。
強烈なサロメの物語、そしてホモセクシュアル事件などによって、スキャンダラスなイメージの強いオスカー・ワイルドだが、彼はまた、貧しい人たちに心を痛め、自身の体を被う金箔や、目に填まった宝石を次々に燕に運ばせて救う、燕と王子像の物語の作者でもある。自身は醜い金属の塊になってしまう王子像、南に渡る群に遅れ、像の足もとで凍死していく小さな燕もまた、彼のペンから生まれ落ちた。

この公演はずいぶんとみなに知られ、注目されているらしかった。会場は満員だったし、ロビー入口にはストロボの光を浴びるニュースキャスター、築紫哲也氏の姿があった。会場に入ったら、友人の作家、大沢在昌氏に声をかけられた。
スペイン舞踊団の踊りはそれは見事なものであったが、このような広い会場では、やはり食い足りない印象が来た。あまりに遠い。専門家なら、このような遠望でも細部の動きや違いが解るのであろうが、自分のような素人には、もう少し小さな会場で、床板を踏み鳴らす靴先を鼻先に見、踊りによって乱され動く空気を、肌で感じてみたいという気分が勝った。フラメンコ・ギターにも期待していたが、録音ではあったが、現代フラメンコを代表するというトマティートの演奏は、実にエキサイティングで心を動かされた。これを聴かせる場面は短かったが、もっともっと聴いていた気がした。
録音によるギターが感動を蘇らせたように、舞踏もまた、これなら映画の方が、自分には愉しめたかもしれないと感じた。パフォーマンスが終了し、拍手の中、踊り手たちが舞台に登場しての挨拶になったので、ストロボをオフにしてデジカメで撮ったら、こんなに広い会場なのに、どこで監視しているものか、たちまち係官が飛んできて「お客様」と注意された。音楽を愉しんでいては、ここまでの行為はできないであろう。スペイン舞踊の熱い公演だったが、ここでもやはり、空気は日本ふうに冷えて感じられた。
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