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島田荘司のデジカメ日記
第210回
島田荘司のデジカメ日記
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3−3(水)、「占星術殺人事件」翻訳プロジェクトのミーティング。
文化庁主宰の翻訳プロジェクトに「占星術殺人事件」が選ばれ、翻訳作業は順調に進んできているが、この日、そのミーティングがあったので出かけた。六本木アークヒルズの隣のビルに入っている、JCPPのオフィスだった。このオフィスのスタッフたちと、製本出版をするIBCパブリッシングの村田さん、それに翻訳をしてくれたマッケンジー夫妻の夫人の方、シカ・マッケンジーさん、それから英国から来たチェッカーでアドヴァイザーのスチュアート・ヴァーナム・アトキン氏、そういった面々だった。
全員と一堂に顔を合わせるのはこの日がはじめてだった。しかさんとは何度も会っているし、村田さんとももう御手洗さん映画の報告会で会ったが、ほかの人たちとははじめでである。オフィスからのスタッフは全員が女性で、みんな英語が堪能だった。
ロス・マッケンジーは、体調をくずしてLAに帰っている。肩の関節を傷めたのだという。ぼくとはすれ違った格好だ。彼は、以前出演した東映映画「プライド」の監督が、今度は「マッカーサー」を撮るというので来日したというところがある。ところがこの映画が、いろいろな事情から流れてしまった。金のかかる映画世界ではよくあることだ。特に日本映画は多い。また監督は、マッカーサー役の俳優で客を呼びたいと考えており、そうならショーン・コネリー、クラスの大スターを想定しているらしい。とてもロスにマッカーサー役は廻ってこない。まあ彼としても、マッカーサーがやれるとは思っていなかったろうが、アメリカ帰国は、それやこれやがあったのだろうと思う。もっともこれは、当人に聞いたわけではないが。
ミーティングでは、まずしかさんが、自分たちの翻訳時のポリシーについてこまかい説明をした。プリントも用意してくれていた。彼女たちの翻訳文はとっくに完成しているのだが、以後何度もチェッカーの筆が入り、書き直したり、削ったり、また復活したりを繰り返している。翻訳がこれほどに大変な作業であるということを、今回はじめて知った。チェッカーの目が幾重にも入る。それだけ金がかかっているということだろうか。これまでの中国語訳など、本当にすぐだった。
彼女の説明によれば、ここを強調したり、こういうところを省略したりした。原作と表現が違ってしまった箇所もあり、自分としては不本意な部分も残るのだが、それはロスと意見が食い違った部分であったり、アメリカ人のチェッカーの意見が通ったりした箇所である、といった説明だ。
これらは大筋では納得できたが、1点頷けないところがあった。それは「読者への挑戦」で、こういう文章の挿入は、小説の流れを壊すし、文学的でないから理解できない、それで削除をしたというのである。このプロジェクトに関わっている人たちは、ロスを含めて大半が文学畑の人で、本格のミステリーといったものは、ほとんど読んだ経験がないらしかった。
そこで、これは復活した方がよいと意見を述べた。この作品はデビュー作で、表現の技量に関しては、今の視線から自信のないものもある。だからこれは変えてもらってよいが、トリックに関しては今も自信を持っている。またこの作が今回のプロジェクトに選ばれたのも、トリックの独創性ゆえであろう。であるから、この部分をより強調する手段を取り去るのは、あまり得策ではないと主張した。
これにはアトキン氏も同意してくれたので、村田氏がイニシアティヴを取って、「読者への挑戦」は復活することに決めた。これはその方がよいであろう。何から何までアメリカの今の国情に合わせる必要はない。今アメリカは、ハリウッド映画の好みや要請するところから本格は滅んでいるが、この国にはかつてエラリー・クイーンがいたわけだし、ポテンシャルはきわめて高い。この作などがきっかけになって、逆に本格の書き手がアメリカで復権する可能性だってある。こっちが新しいスタイルを始めてもいいのだ。控え目一方になる必要はない、といった話をした。
アトキン氏が、あまりに語り手が多く、読者が混乱するのではないか、と意見を言った。プロローグはたぶん石岡、手記は平吉、続いてもと警官、また石岡に戻って、読者への挑戦は島田荘司、そういうことになる。なるほどこれはそうだと思い、石岡の文は石岡と筆者名を入れ、読者への挑戦は島田荘司からだと、署名を入れて断ることにした。
この日は、タイトル決定の話にまではいたらなかったが、以前ユダヤ系アメリカ人の友人が、これを翻訳しようかと言ってくれていた時、「占星術殺人事件」を彼は、「ホロスコープ・ホミサイド」と呼んでいた。「ホミサイド」の語を用いたタイトル案は、このプロジェクトでも出ている。しかしアトキン氏によれば、「ホミサイド」という言葉はアメリカ英語で、英国人はまず使わないと言う。だからこの言葉は避けようという話になった。言われてみれば確かにそうだ。「刑事コロンボ」を観ていると、彼がこの言葉をやたらに言う。しかし英国映画では聞いたことがない。
アトキン氏は非常に熱心かつ有能な男らしく、多くの的確なことを言った。ぼくに対しては、自分はバーミンガムから来たと言い、育った家の近くには山や川、自然が多くあって、次第に文学に惹かれるようになった。それでずっとシェイクスピアを研究していたのだと語った。ロスとはまだ会ったことがないらしいが、ロスもシェイクスピアには一家言があるので、会えば面白いだろう。
自分は1949年の生まれだというから、ああそうならぼくらはビートルズ世代だねと言ったら、あまり積極的な様子でなく頷いていた。イギリス人とはいえ、ビートルズとは無縁に過ごしたのかもしれない。文学部の教授のような風貌だったが、意外に気さくなところもあり、気が合ったので、是非また合おう、本ができたらビールで乾杯しようと約束した。

オフィスを辞して地下鉄の駅に向かっていたら、シカさんが追いかけてきたので、一緒に渋谷に出て、駅前の喫茶店でしばらく話をした。I毛さんと会う約束になっていたので、やってきた彼を紹介して、今度は3人で少し話した。
しかさんは今小平市に住んでいて、演劇志望の青年たちに英語で演技を教えている。つまり英語劇を教えているわけだが、何故それをするかというと、英語表現は、1度憶えてもすぐ忘れてしまう。しかし動作とともに憶えると、なかなか忘れないのだという。それは確かにそうであろうと思う。
タイミングさえ合えば、また村田さんや、香月さんもまじえて会おうということにした。今香月さんと、「暗闇坂の人食いの木」を映画化しようとしているが、これに出てくるジェイムズ・ペインというスコットランド人が、ロスにやれそうだという気がしている。ちょっと偏執狂的なところがある人間で、こういう狂人は彼は得意だから、いずれ香月さんに紹介してみたいと思っている。もちろんこのペイン役で客を呼びたいと彼が思っているなら無理だが、演技派の脇というなら彼は上手だし、充分だろう。以前に出た「プライド」も東映映画であるし、香月さんも東映の社員である。いずれにしてもまた会おうということにして、この日は別れた。
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