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島田荘司のデジカメ日記
第205回
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4−19(月)、鮎川賞選考会。
新宿小田急14階のなだ万賓館の個室で、正午から、昼食をとりながらの鮎川賞選考会が行われた。今年からは「ミステリ・オペラ」の山田正紀さんが参加して、3人による審査となる。山田さんとは初対面なので、まずは彼と挨拶を交わした。大変人あたりのよい、成熟を感じさせる人物だった。
今年の候補作は例年より多く、「華奢の夏」、「パブロ・ピカソの肖像/ゲルニカ・1937」、「屍の足りない密室」、「湖の騎士」、「月夜が丘」という5作品だった。読み込むのに時間もかかったが、考えさせられる問題作も多く、質も例年になく高かった。
「華奢の夏」は、渋澤龍彦的というか、それとも一般文学的というか、官能小説的な一面もあって、作品構造的に、考えさせる新しいメカニズムを持っていた。登場人物が、ほとんど抽象的な存在にまで解体されて描写され、姓名も性別も意味を失うような境地にまで筆が踏み込んでいる。ゆえにどのような存在も交換が可能なところにまで届いてしまい、不思議な、霧深いとでも言うべき作品世界が、内部に広がっていた。
山田正紀さんなどはこの点を大評価し、受賞にも値するという考えだったが、ぼくの場合もこれに一定量の同意はしても、女性の側からの官能描写を核として、また別種の解釈や、読み方も可能となる。それについてはここでは詳述しないが、先述したような作中の見通しの悪さを、本格ミステリーの効果に転用することに対しては、かなりの抵抗感が来て、賛成しがたかった。別の賞ならば評価に同意するが、本格の鮎川賞受賞作品としては、ふさわしいとは考えなかった。
「パブロ・ピカソの肖像/ゲルニカ・1937年」は、ぼくには面白かった。割合馴染んでいる芸術家の世界であり、密室死体に真っ赤なペンキがかけられているという風景。舞台は戦前のバリ、探偵役はパブロ・ピカソ、非常に華がある作品で、作中世界もくっきりと見通しがよく、好感がもてた。しかし描写が堂々とフェアなだけに、問題点もまたくっきりと浮き彫りになってしまった感がある。この事件のポイントは、被害者にかけられた赤いペンキが、顔にもかかっていたか否かなので、この重大部分の描写をあいまいにしている態度には、非常に残念だが、評価ができなかった。
「屍の足りない密室」がまた、ぼくには大変面白かった。この作品のメインの謎は、美人女流画家の新作に現れた不思議な図柄が、女流画家の友人の夫の背中の刺青と同じであり、この画家と彼とは一面識もない。これは何故なのかというもので、この目新しさに感心した。
さらには、作中に横溢する論理思考というもののほとんどが、女同士の虚栄の嘘とか、過去の恋愛体験を暴くことにばかり消費され、刑事事件の解明にはさほど関わらないという目新しさにも、いささか興味をひかれた。たまたまではあっても、まったく新しい方法が本格のミステリーのフィールドに現れたように感じて、この点も、この作を受賞に押す理由になった。
「湖の騎士」は、十代の、危険だが甘美なひと夏の追想、という趣向の作品で、このような性格の作品は好みなので関心をもって読んだ。ひとつの湖を中心に展開するという、詩的な舞台装置にもひかれた。けれども、作中に展開する事件にさほどの新味がなかったことや、作中の各登場人物がゆるやかに威張って感じられたこと、自身の早熟な文学的才能の自慢話めいて感じられたことなどで、ちょっと損をした感じがあった。
「月夜が丘」がまた面白かった。これはあからさまなまでの横溝正史コードで、これをふんだんに用い、さらにこれにコンピューター格闘技ゲーム、あるいは劇画的なコードまで加えて、パターンの人間描写ながら、見事に凝った、孤島本格探偵小説を構築していた。
途中、なるほどと思うような未聞の殺人トリックが現れるが、これがおしげもなく捨て去られる様子といい、何年かに1度としか書き得ないような、非常に濃い本格の小説であろうと思う。若い書き手らしく、さまざまなミスや、不手際が選考委員たちによって指摘されたが、これらを補ってあまりある構成の妙と、熱気であった。よってこれも押したが、結局はうまく2作の受賞となり、こちらの採点通りの結果になったから、大いに満足した。
成熟したおとなの女性と、聞けば19歳の青年だという、この2人の受賞は、今後に充分に期待ができるように思う。大いに期待をして、今後を見守りたい。
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