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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第200回
島田荘司のデジカメ日記
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2−29(日)、旭川、蜂屋ラーメン。
翌日29日は帰路となる。M澤さんは、本日夕刻から赤川次郎さんの会があって、これには遅れられないというので、早朝に起き、バスで単身旭川空港に向かていった。したがって、帰路は3人となる。
ホテルで昨日の朝と同じような朝食をとり、車に乗って、海岸沿いの道を南下していった。雪は時おり降るが、みぞれのようだ。舗装路は黒く濡れ、汚れた雪が路肩に帯状になって続く。右手に、やや波の荒い北の海が、見えたり、雪の丘の隠れたりする。
車の姿は少ない。しかし速度の遅いトラックの後方につくような時、それでも対向車はあるから、すべりやすい路面、追い越しをかけるタイミングに苦労する。
時おり陽が射し、白い波の背を照らしたりもする。そんな時、海が非常に劇的な表情を見せる。難破船の碑が見えた。その悲劇がこんな季節だったらと思うと、背筋が寒くなる。
右手の海沿いに、巨大な風車が並んでいた。海からの風は強い。これは風力発電に向いているだろう。発電用の風車は、アメリカでも見かける。LAから、避寒地パームスプリングまでの道に沿う風車群は有名だ。日本では滅多に見ない。やはり北海道は大陸的だ。
また山あいの道に入る。中途にあった街で喫茶店に入り、休息してから、北海道の背骨のような40号線に戻った。士別市そばを通ることになる。戻ってきた。しかしこれは素通りし、さらに南下、旭川の市街に入る。
この街では、その名の聞こえた「蜂屋ラーメン」というものを食べようと、みなで決めていた。先に帰ったM澤さんによれば、このラーメンは「ラーメン界の覚醒剤」と呼ばれているそうである。そのくらい危険な常用性があるらしい。
蜂屋ラーメンは、旭川の街中にあった。駐車場もあって、車の客には親切である。店内に入ると、懐かしい横浜ラーメン博物館のパンフレットが壁に貼ってあった。そういえばこの店は、あそこの地階、最近入った荻窪、春木屋の隣り、正確にはフェイクの散髪屋が間にあったと思うが、「蜂屋」と書いた赤い提灯が下がっていた記憶だ。しかし、まだ入ったことはない。
注文の時、ラード多め、少なめ、普通、の選択を聞かれる。厳寒の地だから、油を多めに摂る人も多いのだろう。運ばれてきたラーメンは、スープが醤油の茶色をしていた。味は、噂通りにうまかった。料理の才がないので味の経路までは解説できないが、たぶん魚だしの方向で、これをさまざまな発展加工でこってりさせている――、のだと思う。
確かにうまく、これまでに食べたうちで、5本の指には入る。この感想は、空腹や、表の冷気にも助けられているかもしれないが、これは今度ラーメン博物館に行った時、蜂屋ラーメンに入ってみようかと考えた。もう常用性が始まった。
ただし、秋好さんの支援でたびたび福岡に行っていた頃、あの街でよくラーメンを食べた。大変おいしかったから、ラーメン博物館に行ったおり、すぐに九州ラーメンの店を探して入った。が、これはどうしたことか、今ひとつおいしくなかった。ただし麺は、間違いなく九州のものであった。あの地域でラーメンを食べると、白い豚骨スープは店によって微妙に味が違っていても、麺はすべて同じである。同じ工場で作り、卸しているからであろう。
とこのように書くと、同じ市内でも微妙に違うのなら、博物館のものが味が違うのは当然であろうと言われそうだが、それは違う。市内のものは、店単位で微妙な味の違いはあっても、入った限りの店はすべてがうまかった。ともあれそういうことなので、ラーメン博物館内の蜂屋が、この味を出しているという保証はない。
ちなみに、これまでの個人的、全国ラーメン・ベスト3をここに書いてみると、第1は久留米の大砲ラーメンであろう。これはうまかった。味は完全に福岡の豚骨の系統である。2位が松本市のフォルクス・ラーメンだったが、これはこの前行ってみたらなくなっていた。そうなら2位は荻窪、春木屋か。ただし今は、ラーメン博物館内の春木屋がうまい。それから旭川のこの蜂屋ラーメン、3位が吉祥寺のホープ軒というところか。南雲堂そばの姫ダルマ、原書房そばの青葉も、これに続くくらいにうまい。するとラーメン博物館地階には、ぼくのベスト3のうちの、2軒までが並んでいることになる。
札幌では、まだこれらを凌ぐまでの味の店にはぶつかっていない。鹿児島一というラーメン屋も教えてもらったが、この時は酔っていたせいかもしれないが、これらの水準よりは味が落ちると感じた。
こう書いていて残念に思うことは、LAの地にもラーメンを食べさせる店は多い。たいてい日本人がやっている。なかにはまずまずの店もあるが、先述の日本ベスト3に比較すれば、2歩も3歩も劣る。やはり日本、食べ物はおいしい国である。特にラーメンがうまい。ラーメン好きの人たちは、自分が日本にいることを喜ぶべきである。
それで思い出したが、パリのラーメンもまずまずだった。が、高いばかりでそれほどのものではなかった。ただし、ヴェトナム料理屋のラーメンが、なかなかいけた印象である。例の苦い特有の草が入っていて、悪くなかった。
ラーメンを食べてから、市内の散策に出た。駅前の大通りから少し入った位置に、非常に感じのよい喫茶店を見つけた。ディヴッド・リーンの「ドクトル・ジバゴ」に出てきそうな店だったが、残念ながら営業していなかった。仕方なく、近くの喫茶店でケーキ・セットを食べた。
この大通りも風情がある。古いジャズ喫茶、とりわけサックスの音が似合いそうだ。しかしここも、雪が溶ければ、新宿あたりと変わらない、ごくなんでもない通りになるのであろう。雪が何故よいのか、人の心を惹きつけるのか。冷えた白いこれが街を被えば、「ドクトル・ジバゴ」にも通じるような、あのロシアふうの気配が現れるからだろう。いやロシアと特定するのはよくない。宮沢賢治でもよい。人は口数を減らして歩き、温かい場所に向かう。そういう時、脳裏に美や物語を考えている。暖かい場所や光、そこにいるだろう優しい人への憧れ、冷気の魅力はこれだ。だから北には民話が多い。
時間も迫ってきたから、車に戻り、旭川の空港に向かって帰った。空港そばのレンタカー屋に車を戻し、ヴァンで空港に送ってもらって、2階のティールームでお茶を飲んでいたら、表の世界に陽が落ちていく。空港の建物は、雪原のただ中にぽつんと建つ、雄大な温室のようだった。巨大なガラスの箱の外が、次第に暗くなる。雪の白さが消え、中の光線が目立ちはじめた。
士別の羊から始まった「温泉を巡る冒険」だったが、事故がなくてよかった。少々危険でも、雪があるうちに来ておきたかったのだ。無事にすんでよかった。
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