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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第195回
島田荘司のデジカメ日記
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2−24(火)、原書房訪問。
昨年秋の南雲堂訪問に続いて、今度はI毛氏、T橋氏の属する原書房第3編集部を訪問する。
新宿御苑前の喫茶店でI毛さんと待ち合わせ、原書房第3編集部に向かいながら、ぼくは何気なく南雲堂を訪問した際の印象を彼に話した。しかしうかつにも、「いやー、南雲堂の編集部はよく片付いていましたねー。特に社長室など」
と言ってしまった時である。I毛氏の顔色がみるみる蒼白に変わり、新宿のアスファルトにしゃがみ込んでしまった。手を貸さなければ、そのままゆるゆると石の上に伸びてしまいそうである。いったいどうしたことか。見ていると、彼は気力をふり絞ってなんとか立ちあがり、かすれた声でこうつぶやくのであった。 「知らん顔して、どっか別の場所に連れてっちゃおうかなぁ……」
この時は全然意味が解らなかったが、マンションの一室にある原書房第3編集部に入った際、こういう言葉の意味が解った。
I毛氏はマンションの一室、金属扉の上にかかった「原書房第3編集部」のプレートをぐいぐいと指さし、
「ほらこの通り、ここ、うちの第3編集部ですからね、間違いないですね?」
と熱く念を押す。しかしそのようなものは、必要ならさっき貼っておくこともできる。トリックの初歩である。
彼のこの不可解な言動、ますます意図不明であったが、扉を開いた時に解った。ここは紙資材置き場の倉庫であろうかと、一瞬目を疑ったのである。さっきの意味不明のつぶやきから、どこかの紙倉庫に連れ込まれたものかと危ぶんだのだ。
しかしそうではなかった。よく観察すれば、紙の下からかろうじてデスクらしい物体も覗いているし、物体の上にあるものは、どうやらラップトップのPCらしい。その彼方には、椅子らしい物体も埋もれている。
原書房編集部の乱雑ぶりは、半端なものではなかったのである。各人のデスクの上は、紙の束が積みあげられて、到底仕事ができそうなスペースはない。これで仕事ができるのであろうか。
その時T橋氏は外出していた。ためしに彼の席にすわってみると(この時、椅子にたどり着くまでが大変な苦行である。さながら紙の束の中を泳ぎ、机と机の間の路地に必死で入り込むようである。ちょっとでも不用意な動きをすれば、あちこちでなだれが起きそうであった)、眼前に紙の壁ができ、前方の視界はすこぶる悪い。前の席はI毛氏のデスクらしいが、これでは到底彼の顔は見えまい。それとも見たくないから、このような壁を意図的に築いているのであろうか。
もがくように椅子を抜け出し、なんとかデスクの前に廻ってみれば、T橋氏の見えすいた、世界中の誰1人信じないであろう言い訳が読める。いわく、
「いつもはスッゴクきれいなんです。年度末でいろいろあって汚いだけ」
南雲堂と原書房とは、言ってみれば生れ落ちた瞬間から、そう天に定められたライヴァルである。ぼくに会いにきて、ルノアールで一緒になるような時は、互いに大親友にようににこにこ挨拶をかわし、コメントを求められれば、「いゃあ、あんなちゃんとした会社には、うちなんかとてもかないませんよ」などと言う。
しかし内心の、誰に負けてもこいつにだけは負けられんという思いは、両社互いに熾烈なものがあるのである。しかもこの2社、どうしたわけか何から何まで環境が似ている。私とつき合っているからそれは当然かもしれないが、双方ともに島田作品の愛蔵本を企画してくれたり、御手洗君の漫画本、パロディ本、季刊本発想に後略本企画と、考えることがすこぶる似ている。おまけに社長が双方ともに若い2世、両者ともにタレント性があってカラオケがうまい、さらには両社ともに新宿区で、近くにうまいラーメン屋さんがあるところまで似ている。
しかし衆目の見るところ、原書房の企画力、実行力が1歩を先んじている。だから南雲堂は、たいてい遅きに失して、涙を呑んで企画を取り下げることも再三なのである。だからこと私に関する限りは、だいたいこれまで、原書房が連勝街道を驀進している。しかしそうは言っても、南雲堂が晩年の長嶋のように、人知れず三振の山を築いているわけでもないのだが。
つまり原書房は、岡田阪神に対する堀内巨人のようなもので、ライヴァルではあっても、南雲堂に対する限りは負けることを考えていないのである。これは、数年前からそうであることをぼくは見抜いている。であるからさっきの、「南雲堂はよく片付いていましたね」のぼくのひと言に、I毛氏は気を失うほどの衝撃を受け、しゃがんだのである。企画力、実践力では自信があっても、こと片づけの能力ではボロ負けもいいところか、とあの瞬間悟ってしまって、原書房のエースは、立っている気力さえも失せたのであった。
いや口には出さないが、出版社同士の水面下での争いは、かくも熾烈なものなのである。その強烈さは、ちょうど野村サッチー氏と浅香ミツヨ氏とでも言えば、その度あいが解ってもらえるであろうか。
しかしそれにしても、これで仕事になるのであろうか。よくこの環境で、あのような企画が構想されたり、実行されたりするものである。そもそもT橋氏、デスク背後の書棚の使い方が変わっている。彼は本棚というものに、本を縦方向には挿さないのであろうか。机の上の紙と同様、みんな横に寝かせて積んであるが、これでは書棚の意味をなさないであろう。
と考えていたら、そのT橋氏が戻ってきた。さっそく椅子にすわってもらった(彼はさすがに馴れていて、机の間もさっと抜ける)。紙束のすり鉢の底にすわっているT橋氏は、さながらトーチカの中で米軍戦車を待つ、沖縄戦の日本兵のようである。
書棚の本を横向きに寝かせて積む理由を質すと、なにやらつべこべと理由を述べていたが、あまり説得力を感じなかったので忘れてしまった。いやあこれでは地震が来たら大変ですと彼は言ったが、来ても同じであろう。地震が去ったのちの景観も、今と大差はないに相違ない。

しかしまあ、久し振りにすごいものを見せてもらった。南雲堂社長室の、例のウルトラマンが拳を突きあげて佇むデスクを整頓度100とすれば、原書房の各デスクの上は、マイナス300点くらいは楽に行くであろう。T橋氏はもうじき片付けると言っていたが、向こう数年はあのままであることをぼくが保証するので、読者諸兄は新宿御苑に行く機会があれば、ついでに原書房第3編集部を訪ね、見学することをお勧めする。
それから編集部を脱出し、噂に高いうまいラーメン屋に繰り込んだ。名前は青葉新宿御苑店という。これがうまかった。ラーメンでは南雲堂近くの姫ダルマと、まったく甲乙がつかない。これもまたお勧めである。
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