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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第19回
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11−5(日)、求道者の夕食
井の頭公園の西の端に、駅の方角に向かって登っていく坂道がある。昔からこの坂道が好きだった。坂の中途には本格的なコーヒー屋があって、コーヒー党でないぼくは、特に贔屓にしてきてはいないが、通も勧める店らしい。この店の前で二人組の読者に声をかけられ、作家志望ということなので作品を預かり、後日喫茶店で何回か会って、作品への意見を述べたこともある。今日のように雨がセメントを叩く日は、いつもに増して坂に風情がある。雨が石を洗っているようだ。
原書房の「季刊島田荘司」〈03・クリスマス特集号〉を、クリスマスの10日前に書店に並べるため、風呂にも入れず死にもの狂いの執筆真っ最中だったが、何か食べなくては死んでしまうから、家を出てT橋編集者と食事兼打ち合わせ。坂近くにある、「もんくすふーず」に行く。
この店は好きで、帰国すると一度は必ず行く。井の頭公園と井の頭文化園の間の、車の通りがひときわ激しい道沿いにあり、両隣りのビルにはさまれて窮屈そうに建っている。団塊の世代のマスターが、脱サラをして始めた。T橋氏は先日までこの店の並びに建つマンションに住んでいたので、この店が昔からの馴染みらしい。一階はカウンター席中心、二階がテーブル席のフロアになっている。二階のガラス窓脇の席は、狭いけれど独立しているから落ちつく。運よくこの日、この席が空いていた。
マスターは、人間の食べるものはこうあるべきというこだわり、それとも信念を持っていて、店名からも連想されるような質素な食事を、可能な限り無農薬の材料を使って調理し、提供する。食事は和風だが、店内には低くジャズが流れている。使っている秋野菜は近在の農場によるオーガニックで、小松菜はどこどこの農場の産、茄子は誰々の産出、里芋は誰でブロッコリは誰、といちいち生産者の名前が張り紙してある。有機農法、無農薬野菜だけを使って作り、化学調味料は調理に使用せず、むろん合成保存料、着色料の入った材料はいっさい使わない。さらには食器も合成洗剤では絶対に洗いません、などと掲示板に書かれていて、まことに徹底している。毒物はいっさい拒否であるから、当然のごとく店内は禁煙。ぼくのような嫌煙家にはまことに居心地がよく、LAにも一軒誘致したいような店である。アメリカの知識層にも、こういう考え方は間違いなく受けるであろう。
女性誌がとりあげたのだろうか、この店は女性たちにもたいそう人気があり、掲示板にはこんなことが書かれている。ご飯器には男性用と女性用があり、女性用は小さくしてあります。これは女性のお客さんにご飯を残す人が非常に多いので、もったいないからそうしたのだが、最初に申し出てもらえれば男性と同じ量にします、とある。女性としては申し出にくいかもしれないが、合理的なことである。アメリカにいてよく思うことだが、アメリカにはトゥゴーという習慣があって、トゥゴー・ボックス(ドギー・バッグ、つまり犬へのお土産用のバッグともいう)をもらって残りは家に持って帰る。日本人は、粋でない、みっともないと感じるらしいが、これは大変よい習慣で、店の生ゴミを少なくする効能がある。よくアメリカ映画に、深夜コンピューターを叩きながら、かたわらの紙の箱から何か食べている男が出てくるが、これがトゥゴーである。彼はレストランから家でなく、またオフィスに戻ってきたのだ。
しかし体にいくらいいといっても、おしいくなければ仕方がない。しかしこの店はとてもおいしい。値段も高くない。本日ぼくは地鶏と茄子の煮物、かぼちゃ、薩摩芋を食べたが、おいしかった。仕事がハードな時、胃にはストレスがかかっているから和食がよい。T橋氏は野菜の煮付けを食べていた。
箸も、使い捨ての割り箸は資源の無駄、ゴミのもとということで、洗って箸立てに立ててあるものを繰り返し使う。ジャンク・フードばかり食べていないで、アメリカでも毎日こういうものを食べられれば長生きもできるであろう。
食事の後、霧雨の中をぶらぶら歩いて、パルコ二階のティールームに行く。ここは窓際のすべての椅子が往来を向いて並べられ、お茶を飲みながら道行く人や車を眺められる。パリのカフェがそうだが、あれと同じ形式だ。東京のここは狭いが、それは致し方のないところだろう。ここはケーキもおいしい。シブーストとやらいうケーキが気にいって、デザートにこれを食べる。
二階の席からは道行く人は見えないが、そぼ降る雨の中、信号でゴー・ストップを繰り返す車の群れが見降ろせる。さて季刊クリスマス号、11月10日の締切りにはたして間に合うものか。帰ったら、また明け方までのハードな執筆が待っている。

編集室注:もんくすふーずの夜の定食は3種類。どれも1070円です。
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