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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第189回
島田荘司のデジカメ日記
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12−10(水)、霧の街LA。
LAは関東平野ほども面積がある。だから車の運転が好きな人間なら、ちょっとした外出でも、東京で言えば日光まで買い物に、そうしたあと、ちょいと横須賀までお茶を飲みに、といった具合に移動していることもある。日本の道路事情なら考えられないことだ。
逆に言えば、自動車とはそのくらいのポテンシャルを秘めた機械で、東京人は車の能力の何分の一かしか使っていない。ちょっと人間の脳など連想する。われわれが日々生活に追われていれば、思考は散文的になり、脳にやらせる仕事は、申し訳ないほどにつまらないものになる。どの角を曲がれば目的地だったかだの、千円札で大判焼きと卵を買ったらおつりはいくらかだの、そのようなことにばかり使うのはもったいない。その気になれば脳は、この百万倍もの仕事をする夢の機械だ。
LA流の動きを可能にするもうひとつの要因は道路だ。LAは車とともに発展成長した街で、つまりパリやロンドン、東京とは違い、街造りの時点ですでに自動車という発明品が実用になっていたから、この機械が走りやすいように道は直線になった。起点から終点までが最短距離で結ばれるから、そういうダイナミックな日々の移動も可能となる。
以前オートバイが好きだった頃、東京の都心をバイクで走ると、たとえば神田・本郷間が意外にすぐだったり、秋葉原・浅草間がまことに近くて驚いたりした。バイクなら渋滞がないからということもあるが、地下鉄での階段の昇り降り、電車の待ち合わせや、乗り換えの待ち時間などに大量に時間を費すから、都心の各地点、実際以上に遠く感じられる。しかし無駄なく地上を行けば、意外にすぐだ。両者が直線で結ばれていればもっと近い。つまるところ、ある2地点間、3地点間の移動が最短距離でなくなるのは、集落群が先にあってこれらを道や鉄道なりでつなぐからで、まず道を作っておいて集落の発生を待てば、距離は近くなる理屈だ。それがLAである。
だからLAで時に不思議に思うことは、それほど移動しているとも思わないのに、ずいぶんと気候が変わるなと思う時だ。風が強いと思う日でも、目的地に着けば無風だったり、たまらないほどに暑いと思う日でも、車から降りたから寒かったりする。それだけの距離を、こちらが知らずに動いているのだ。
そんなわけで、1年360日晴天碧空と言われるカリフォルニアだが、ただっ広いから気候はそれほど単一ではない。山陰では空気が動きにくく、スモッグがなかなか晴れない場所もある。真夏の頃、北の内陸部、チャッツワースあたりは暑く、皮肉なことに海岸ベリのサンタモニカは涼しい。時には肌寒いほどで、だから海岸ベリに泳ぎにいっても、肌寒くてその気になれなかったりする。夏、暑い地域に家があるなら、たびたび海まで出かけるより、庭にプールがある方が合理的だ。LAX国際空港はサンタモニカに近いので、ここはいつでも割合涼しい。
晴天碧空のLAだが、年に1度雨季がある。年が明けた1月、2月の頃だ。この時期は終日雨が降る日もある。延々1週間降り続くこともある。そうなると、下水施設が強くない都市なので、道路に水が溢れ出し、道が川になったり、フリーウェイで通れない箇所ができたりする。
こういう時期、日本からの観光客は要注意である。車検がないこの土地柄、とてつもなく古い車が走っていて、こういう車はたいてい道にオイルを落としている。雨のない1年間を通じ、フリーウェイにはこういうオイルが厚い皮膜を作っている。そして雨季最初の雨の日は、フリーウェイを被った水の皮膜の上に、さらにオイルが薄い膜を作っている。こういう時、道は異様に滑りやすい。
2時間も経てば、オイルの大半は側道の下水に流される。つまり降り始めの2時間ほどは、雨中のフリーウェイはよく滑る。こういう日、車検のある国から来た観光客がレンタカーを借り、東京のつもりでフリーウェイを飛ばすのは大変危険である。前方に渋滞の後尾を見つけ、ブレーキをうっかり強く踏めば、タイヤはグリップを失い、つるつると滑りだして事故となる。付言すると、いったん滑りだしたらドライヴァーにできることは何もない。あせらず、タイヤがグリップを回復する瞬間を待つことだ。この瞬間が勝負である。
だから雨降りが始まった日、フリーウェイに乗れば、右に左に、壁や叢に突っ込んだ事故車を見ることになる。土地の者ならそれもよいが、観光客は海外旅行者障害保険にしか入っていない。それにすら入っていない人もいる。こういう人がこの地で大きな事故をすれば、生涯かかっても返済がむずかしいほどの借金を、病院対して背負うことがある。厳重注意である。
雨季少し前の12月頃、LAの南、昔カーペンターズが住んで有名になったダウニー市には、濃い霧が出る。時に、ハイウェイ情報で注意を呼びかけるくらいにそれは濃い。霧は夜明け前から出て、お昼前には消えていく。格別濃い朝は、庭から、すぐ隣家の屋根が見えないほどだ。だから朝の通勤車は要注意である。霧は、フリーウェイの上も平等に包むから、先行車のテイル・ランプを見ながらゆっくりと進む。だから後方車のために、自分もライトをともすのがよい。この霧も、どこにでも出るというわけではなく、ダウニー市が霧に沈んでいても、たいていその北の街にも南の街にも霧はない。
霧の濃い朝、いつも見なれた並木、ごく平凡な街角も、見知らぬ場所になる。ゆっくりと車を進めれば、巨人の行進のように、霧の中から1本ずつ立ち木が現れ、また後方の霧に消えていく。道を行く人の姿はなく、こういう朝だけは、能天気な住人たちの街が、切り裂きジャックの徘徊する、美しいが不気味な、気の抜けない場所となる。目撃者がいなくなれば、性格の変わる者も出る。
もっとも、噂に高いロンドンの霧というものには、まだお目にかかったことがない。あの街には2ヶ月ばかり暮したが、春だったからだろう、ほとんど見なかった。着いた夜、薄っすらと出ていて感激したくらいだ。以降、日に2度ずつ小雨の洗礼を受けたが、濃い霧にはとうとう1度もお目にかからなかった。
恐怖を感じるほどの濃霧に遭遇したのは、夏の釧路だ。これは本当にすごかった。夜だったが、道に立てば1ブロック先の曲がり角も見えないくらいだ。勝手を知らない街なので、冗談ではなく、すぐに迷子になりそうだった。
翌朝には消えていたが、海岸に行くと、彼方の海の上に、白い霧の塊がじっと居すわっており、意志を持つもののようで不気味だった。
ダウニーの霧も、時に釧路に迫るほどに濃く、1ブロック先も見えない日がある。LAはもともと車の街だが、霧の朝は警戒感からか、散歩する人の姿がない。だから忽然と、見知らぬ街が鼻先に出現する。スペインふうの家々は、日本の家屋よりも霧に馴染んで感じられ、まるで別の表情を見せて幻想的だ。その劇的な様子から、いったい何が起こるものかとしばし緊張させられる。
しかし昼になり、霧が晴れて陽が射せば、あっさりいつもの陽気な街に戻る。
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