島田荘司 on line
on line top Weekly Shimada Soji top
編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第187回
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
11−20(木)、北鎌倉散策。
北鎌倉を歩きたくなって、ふらと出かけた。昔、「北鎌倉で降りて、歩いてみませんか」という流行歌があったが、あれが流行っていた頃や、歌詞が記憶にあるうちは、なかなか行く気にならなかった。
けれど、北鎌倉に何があるのかは知らない。昔鮎川先生に会うために鎌倉に通っていた頃、電車が北鎌倉あたりにかかると、窓外に山肌の緑が迫る感じになるから、降りて歩いてみたいと何度か思った。しかしそう思うのはいつもここにさしかかってからで、時間が迫っているから素通りした。
降りてみたら何もない感じなので、ちょっと拍子抜けがした。線路に沿ってしばらく歩いていったら、明月院、あじさい寺という表示があったので、有名なあじさい寺はここだったかと思い出した。
あじさい寺に向かうには、線路沿いの道を折れ、小川に沿って行くことになる。赤い和傘が庭に干された家が川向こうにあったりして、京都に似た風情だ。哲学の小道も、こんな様子であったかと思う。道が曲がるから、突き当たるような感じになったあたりに、資産家の邸宅のような門を持ってあじさい寺は存在した。
明月院はむろんあじさいで有名なのだが、紅葉でも有名らしい。しかし、その季節はすでに去っていて、おかげでそれほどの人出ではない。植物園のような鬱蒼とした緑の中、順路に沿って歩く。明月院は、北条時頼の廟所で、墓所もある。これが今も残っている。
あじさい寺というものは、ここだけではなく、聞けば日本全国無数にあるらしい。あじさい寺という呼び名は語呂がよいのであろうか。しかしここがそのはしりなのかは、ちょっと知識がない。
本堂の前に出ると、石庭がある。堂の縁側に腰をかけ、岩が散在する白砂の庭に対すると、これの背後にはやや色づいた樹々が連なって望めた。手前は日陰に沈み、遠景の樹木にだけ陽が射して、輝くようにして褐色が浮かぶ。実によいロケーションだ。ゆっくりと背後を振り返れば、正面の壁には珍しい丸窓が造られてある。あの窓からは、特に見事な裏庭の紅葉が望めるのだという。人の住まいではないが、なんとも贅沢な家だ。
石庭の近くの壁ぎわに、沙羅そう樹の花があった。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅そう樹の花の色、盛者必衰のことわりを顕わす」と、平家物語の冒頭に現れる高名な沙羅そう樹だが、本物をはじめて見た。ごく平均的な赤い花に見えた。

明月院を出て、ちょっと山道ふうになった狭い舗装路を、さらに山に向かって進んでみた。ずっと歩いていくと、住宅街の一角、右は民家群、左は黒々と岩肌が露出する山、というふうになった。そうしたら、この岩肌に穴がうがたれて、洞窟ふうになっている場所があった。穴の中に、ブルーのプラスティックの容器が見えたから、道をはさんだところの家が、この穴を収納の物置として使っているのかもしれない。夏は、あの中はひんやりとしていそうだ。蝉時雨の降る、そのすぐ下の住宅街の暗がりを、ちょっと思い描いてみた。戦時には、おそらく防空壕として使われたのではないか。
道はだんだんに山を登っていくふうだが、このまま行っても何もありそうではないから、進むのをよした。感じのよい住宅街で、緑も充分、こんな場所に暮らすのも悪くないと感じたが、買い物などはどうなのであろうと思う。グローサリィストアの類いが近くに見つからない。道は山道で狭いから、車の出し入れも大変そうだ。電車で鎌倉まで行くのだろうか。レストランなど、ちょっと気取ったふうのよい店はあるが、なかなか高そうだ。
道沿いに、感じのよい喫茶店を見つけた。「笛」という山小屋ふうの店で、店内の壁にはさまざまな楽器がかかっている。誰かの作品展をやっているらしくて、小さな昆虫の絵の額が、無数に壁にかかっていた。これを照らすための照明が強くて、店内はやや蒸し暑い。作者らしい人物がいて、訪問者に尋ねられると、自作品について説明をしているふうだ。あれは作者なのか、それとも店主なのかと考えていたら、窓外に陽が落ちた。
デジカメ日記 バックナンバー

Copyright 2000 Hara Shobo All Rights Reserved