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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第183回
島田荘司のデジカメ日記
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11−5(水)、高田さん、阿部さんなどと銀座で会食。
ぼくは日本の近代文学の自然主義主張というものに、これまであまり思い入れたことがない。まあそのような潮流が、高級なものとして日本文学に背骨として存在するならだが、これを高級で価値あるものとも、あまり感じたことがない。
ぼくは夏目漱石さんや芥川龍之介さんなどがとても好きだし、体質も合うと思っているのだが、それはひとつには彼らにイギリス趣味、もっと言うと、ミステリー趣味があるからだという気が前からしている。彼ら偉大な先達のこれらは、もちろん本格の探偵小説とは別種のものだが、いずれはこれにつながるある種の怪談趣味、雨とか霧、夜や闇の気配を好む体質を、作中に感じてきた。ぼくの個人的に思うところでは、彼らは自然主義の人ではない。
芥川さんの「魔術」という短編が子供の頃から好きで、これは今読み返してみても、とてもよい感じがする。ある雨がしぶく夜、主人公の「わたし」は、人力車で大森に住むインド人魔術師、マティラム・ミスラ君を訪ねる。表でしぶく雨の音の中で、ミスラ君に驚くべき魔術を見せてもらった「わたし」は、彼にねだってバラモンの秘法を伝授してもらう。後日、やはり雨のさかんにしぶく夜、銀座のとある倶楽部で旧友たちと会食した「わたし」は、彼らに乞われて魔術を披露する。暖炉の中の焼けた石炭を、ひと掴みほど寄木細工の床にばら撒いて、一瞬にしておびただしい金貨に変えて見せるのである。
感動した旧友たちだが、彼らはこの金貨をすぐに石炭には戻さず、ここで今、自分たちと賭けをやれと強要する。この誘惑に負けた「わたし」は、ひそかに魔術を用いてこの賭けに勝利し、その瞬間、魔術を伝授される資格のない人間であったことが露見して、ふと気づけば雨の音の中、まだミスラ家の応接間にすわっているのだった。
一瞬のうちに彼に見せられた、それは幻想であった、という話である。
講談社の宇山さんたちと、銀座の「RISTORANTE ENOTECA PINCHIORRI FLORENCE TOKYO」という高級レストランで会食した。雨のさかんに降る夜で、「魔術」の中の「わたし」が旧友と会食した銀座の倶楽部も、あるいはこんな店だったのかというような、瀟洒で、高級で、怪しげなレストランだった。倶楽部のような風情の待合室のすみには、怪しい風情の人形が立っている。
この時に集まってくれたのは、作家の高田崇史さん、コズフィッシュというオフィスの装丁家、阿部聡さん、彼は宇山さんと作った「透明人間の納屋」の、あの素晴らしく凝った装丁をしてくださったデザイナーである。それから宮田さんという最近知り合った謎の紳士、それに宇山さんである。この店は、背広でないと入れてくれないそうで、革ジャンを着ていたぼくは、これを脱がされ、店が貸してくれた背広型のジャケットを着せられる。そういうスタイルで店のフロアをかなり距離歩いて、奥まった個室に通される。
しばらくは「透明人間の納屋」の、見事な装丁に話になる。あの本は、光線の加減で現れる隠し絵という凝った技法も使われている。これは阿部さんが、「透明人間――」という言葉に触発されて思いついたものだ。この隠し絵にも、例の石塚桜子さんの絵が使われている。宮田さんもこの装丁を褒め、しかしシリーズ全体を見ると、背中のファブリックがあまりに色とりどりで、そのこと自体はかまわないが、カラフルにすぎ、既刊本がたくさん並んだ際にやや軽く見える、もう少し渋い色に絞った方がよくはないですか、というような意見を言った。
この集まりの前に、ぼくは「劇団・新感線」を主宰する細川さんという人に会ってきていた。この人は「透明人間の納屋」を気に入ってくれて、2006年を目指して舞台化したいという申し入れをしてくれたのだった。彼とはこの時が初対面だったが、何度か丁重なメイルももらっていて、会ってみれば、宝田明さんに風貌の似た、プロデューサーというより自身俳優のような人だった。中心人物の真鍋には、中井貴一さんのような立ち姿の綺麗な人がいいとか、全体の人数が少ないので、うまく実現できたら全国、できたら海外でも公演がしたい、というような夢を語ってくれて、とても魅力のある人物だったから、そういうような報告も、この場でした。
宮田さんという紳士は、「魔術」に出てくるような謎の人で、大変な家柄の出らしい。もとは紀州の殿様の家系らしくて、おじいさんは、任官制だった時代の警視総監まで務めた人という。彼が亡くなった時は、皇室の人が挨拶に来て、葬儀場までの道の左右には、延々と警察官が立ったそうだ。育った家は大邸宅で、庭にはテニスコートがあり、このネットを巻いて脇に片づけ、友達と野球をやった。そういうことだから、礼儀正しく、何気ない物腰の端々にも、高貴な血筋の人らしい雰囲気が漂う。慶応大学を出て会社の主ともなるが、この経営のかたわら、ギャンブラーとしても半生を送ってきたという不思議な人である。
高田さんは、お会いするのははじめてだが、彼もまた大変な紳士であった。現在新進のミステリーの才能であることは言うまでもないが、この人も本業は薬剤師で、しかも空手の猛者という謎の人物である。宮田さんが齢60を越えた今年空手を始めたので、2人はひとしきり空手について話していた。どうやら共通の達人がいるらしい。しかしこの人はまことに普通のおじさんで、全然それらしくない、というような話をしていた。
宇山さんはというと、この宵は鬱病もすっかり回復して、ミステリーランドのシリーズも順調なので、楽しそうだった。食事もおいしく、集まったみんなが人柄がよいので、楽しい宵になった。
芥川の魔術の描写のように、銀座の奥まった一室だから、表でしぶく雨の音も、さかんに行きかっているであろう自動車の音も、少しも部屋には届いてこない。高田さんは、光栄にもぼくの小説のファンだと言ってくれ、さかんに持ち上げてくださった。ワインの酔いが進めば、これが大森のインド人の古い屋敷で見ている幻かという気もしてきて、「占星術殺人事件」を書いた頃には、こんな高級レストランで会食ができる身分になろうとは、夢にも思っていなかった。
食事を終えて記念撮影をし、また応接間に戻って窓から外を見たら、さかんに雨が注いでいる銀座四丁目の交差点が見降ろせた。和光の時計台も雨に濡れ、そこだけは戦前の風情だ。しかし幸いなことには、自身の願望が見せている魔法が解け、デビュー前の貧乏無名時代に、といっても今もさして名前があるわけではないが、戻ることはなかった。
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