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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第182回
島田荘司のデジカメ日記
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島田荘司のデジカメ日記
10−31(金)、鎌倉極楽寺の事件。
講談社のミステリー専門誌「メフィスト」に、「UFO大通り」という御手洗ものの中編を書こうと思い、舞台に想定している鎌倉極楽寺を歩いてみる気になった。昔からできあがっているストーリーなので、この日は別に取材というまでの思いはない。つまりは取材などしなくても書ける小説なのだが、久しぶりにただ歩きたくなった。ごく何気なくでも1度歩いておけば、いざ書きはじめた時、この時の視覚の記憶に思いがけず、しかも頻繁に助けられる。
必ず取材をしなくては、よいものは絶対に書けないという強い信念を持った作家もいるが、ぼくの場合、創作はそう単純ではないと考えている。ただはっきりしていることはあって、書こうとする場所に行ってみておいた方が、書く際には楽だということ、これは確実に言える。要は、楽をしない方がよいものが出てくる場合もあるということだ。特に外国が舞台の場合はそういうことがままあって、ここにある法則性はなかなかに手強い。創作は、これこれだと単純には割り切れない。体験の必要が必ずあるというなら、殺人も経験しなくてはならなくなるが、しかし事実、殺人の小説を書くならこれを体験した者の方が楽ではあろう。
極楽寺には、鎌倉から江ノ電で行った。この土地の名には、妙に霊感が湧く。この天国のようなばら色の字面には、逆説的に血の匂い、時に地獄の門のような陰惨な匂いを嗅ぐことがある。以前、江ノ島の鉄塔が自分にはミステリー記号だと書いた記憶があるが、どうしたことか、この極楽寺もまたそうだ。ぼくにとってはこの寺、そしてその界隈は、奇妙に刑事事件の匂いがして気分が落ちつかない。
以前、ある有名刑事事件の重要参考人が、夕べ変な夢を観たと突然ぼくにうち明けた。自分が見知らぬ道を歩いていくと、小さなお寺があり、この山門に、「極楽寺」という文字がはっきり読めたというのだ。自分はだから、このお寺に行けばきっと幸せになれると思う、だからもしよかったら、一緒に来て欲しいとぼくに言った。
この人は、この時に収監中だったある刑事被告の、冤罪を立証できるか否かの重要なキーを握る人物だった。この時この人は、この夢の啓示にわれを忘れていて、だから明日の早朝、東京駅から鎌倉に向かうという。それでぼくも早起きして、東京駅でこの人と落ち合った。
江ノ電の中で、ぼくはこの人のこれまでの苦しい胸の内を聞いた。自身の成した証言とか、以降巻き込まれた異常な事態から、当時は繰り返し、繰り返し、同じ夢を観つづけたという。その夢は、自分が口からガラスの破片や、排出物を果てしなく吐き出しつづける夢だったという。聞きながら頭を廻すと、窓外に海が見えていたことをよく憶えている。
付き合って極楽寺にお参りしたが、この時この人には、格別何ごとも起こらなかったようだ。極楽寺を見るのははじめてだったらしいが、夢に出てきた山門の姿そのままだ、といったような劇的な台詞はなかったと思うので、たぶん極楽寺の実際の眺めは、夢の光景とは違っていたのだろうと思う。
極楽寺駅に降り立つのは、その時以来だ。もう昔のことになるので、駅前の記憶は薄らいでいる。駅前の道を左に折れると、ちょっとした流れに沿って歩くことになり、朽ちてもう使えなくなった水門の跡があった。
さらに左に折れて橋を渡り、もう1度左に折れると、そこが極楽寺の山門前だ。この場所は駅裏にあたって、だからそのあたりからは極楽寺駅のプラットフォームがすっかり見降ろせる。
拝観料は取られなかったが、例によって境内は撮影が禁止という不可解なルールになっていた。日本の寺ではやたらにこういうことが多いが、どうやら寺で出しているパンフの類いが売れなくなるからという配慮らしい。もちろん聖なる場所を、俗人にやたらにぱちぱちやられては困る、というストーリーもあり得る。だがアメリカでは、観光地の類いではまずこういうようなことは経験がない。
極楽寺を出て、このあたりを舞台にしようかと見当をつけているあたりに向かっていき、よしここだと適当な路地を見つけたら、またしても刑事事件の険しい気配に直面した。角の鉄柵に、たくさんのカードが掲げられていて、これに手書き文字による怨みつらみが、延々と書かれていた。大意は、T家の先祖伝来の土地が、行政や警察によって無理やり道路にされてしまったということらしい。それだけでなく、自分が官憲によって不当な拘束や、肉体的な被害をこうむった旨、めんめんと書かれてある。
曰く、ここは自分の伝来の土地だというアピールを書いて私有物を置いておいたのに、これらを無断で持ち去った。こちらにこういう表示をさせずにおいて、自分の土地を勝手に道路にした。自分の家の庭にパトカーを入車させ、1日中自分を見張ったのみならず、終始家の戸をガタピシいわせるなどして、嫌がらせをした。
T家の私有地であることを承知の上で、市役所道路管理課は、偽造した図面によって自分の庭をめちゃめちゃにした。これには極楽寺の住職も1枚噛んでいる。これは違法行為だが、金の力は道徳よりも強いのだと自分は実感した。
さらにはある朝刑事が訪ねてきて、突然自分を逮捕した。手錠までされ、1ヶ月にわたって拘禁された。やがて理由がないということで釈放はしたものの、その間は家族にも1〜2回しか面会をさせなかった。そういったことが延々と書かれている。非常な怨みだと見える。
たぶんこのTさんには、伝来の土地は命を賭けても守らなければという強い信念と正義感があったのであろうし、行政の側には、そうは言っても公共の利益のため、一定量の幅を持つ道路は作る必要があったのであろう。問題はこの時の金の流れであろうが、双方の言い分を公平に聞いてみなくては、いずれにより正当性があるものかは判断できない。
日本の武家の歴史は、多く土地取りのゲームであるから、土地の大事さに対する信仰は、DNAレヴェルのものである。かつての区画整理施行のむずかしさ。戦後、いったん焼け野が原となった東京が、担当者の血の努力にも関わらず、少しも理想的なレイアウトの街に生まれ変われなかった事実。マッカーサーが計画し、命じたマッカーサー道路も、未だにできていないという現実。村八分正義の根強い日本での、立ち退きと、代替地への移転のむずかしさは、外国とは違って狂気のレヴェルにある。当事者にとっては、抵抗は感涙の正義だからだ。
見廻せば、あたりには緑が多く、植物のよい香りがする。山肌が眼前に迫り、すこぶる平和で、のどかな気配だ。T家の前には、すでに舗装路ができていた。しかし石の路面には、黄色のペンキで延々と破線が描かれ、ここより内側はT家の私有地である旨のアピールが、今もしっかりと成されている。
このような怨みの道路を日夜行き来する住人は、さぞやりきれない思いでいることだろう。「極楽寺」という幸せそうな名の街に、計画していうる中編小説にも劣らない、実に小説的な因子が転がっていた。
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