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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第179回
島田荘司のデジカメ日記
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9−1(月)、セスナが突っ込んだ、メルローズのアパート。
ラスヴェガスで会ったトミーが、メルローズの繁華街から1本南のクリントン・ストリートのアパートに、セスナが突っ込んだらしいよと教えてくれたから驚いた。というのも、このあたりは以前毎日のように歩いていて、生活圏だったからだ。気になったので、ちょっと行ってみた。
グラウンドゼロの小型のような、かなり悲惨な現場を想像していたが、予想とは全然違い、アパートが全壊とか、全焼といったような様子はなかった。通りに面した壁はしっかりとしており、崩れてはいない。全体は板で囲われ、3階建てだったが、ガラスが失われ、替わりにベニア板が打ちつけられている窓も多かった。さがって通り越しに屋根のあたりを見れば、炎によって焦げたらしい箇所が黒く見えた。先日落ちたというようなことではなく、墜落はもうだいぶ前で、騒ぎはすっかり終了し、現場は静かになっていた。
アパートを取り囲んだ板壁に、絵が描かれていた。その中に数字があった。墜落事故のあった日時を示しているらしい。「6-6-03、3:55」とあるから、6月6日の、3時55分にセスナが突っ込んだらしい。もう3ヶ月も前のことだった。トミーの話では、4〜5人亡くなったということで、板塀の足もとには花が置かれている。セスナに乗っていた2人と、アパートの住人が2〜3人亡くなった。3時が午前で、就寝中だったら、住人にはまったくもって災難というものだった。夢を見ているうち、いきなり殺されてしまった。
アメリカは飛行機熱がさかんで、みんな気軽に操縦免許を取っている。日本で言うと、大型トラックの免許くらいの感覚だろうか。キットの飛行機も売られていて、自分で組みたてて飛ぶ人もいる。設計図だけが売られていて、これにきっちりと合わせてボディ各パーツを自力で作成、これにエンジンを買ってきて載せ、飛行機にする人もいる。こういう自作飛行機のコンテストもあるし、競争用飛行機の競技大会もさかんらしい。テレビでも、飛行機の番組がよく流れている。そうなら、こういう悲劇もまた、起こるということだろう。
LAは、飛行機に関してはちょっと危うさを感じさせる街で、LAXに飛来する時によく思う。離陸も着陸も、機首は海に向ける。離陸はよいが、着陸は居住地の上で大きくUターン、ぎっしりと隙間なく並ぶ家々の屋根の上で徐々に高度を下げていき、地上の駐車場すれすれに迫った頃、ぱっと滑走路が腹の下に現れる感覚だ。
405フリーウェイを車で走っていると、LAXの滑走路に向け、何機もの旅客機が、点々と市街地の上空に行列しているのが見える。東京でいえば、新宿あたりから着陸態勢に入り、中野、高円寺、阿佐ヶ谷と徐々に高度わ下げていって、吉祥寺の滑走路に着陸するような感覚だ。慎重派の日本人なら、おそらくは許さない着陸であろう。成田への着陸も、海から入っていく。
着陸時、ジャンボが居住地に墜落したという大惨事はまだ1度も聞かないが、かつて一時代を作った逆噴射のK機長が、もしもあれを羽田でなくLAで行ったら、犠牲者の数は百倍となり、彼は世界的な有名人となったろう。ともあれ、少し驚くのは、この墜落事件のニュースがぼくの耳にまったく届いてこなかったことだ。アメリカ市民はなかなか寛容で、こういう理不尽な人災に対しても、怒髪天をついた立腹はしないのであろうか。これが日本なら、ワイドショーが半年は騒ぐところだ。
911テロは全米を震撼させたが、テロばかりでなく、地上の民に回避不能の犠牲を強いる飛行機事故の確率は、現実にあるということだ。これが50メートル北にずれたメルローズ繁華街への墜落で、時刻が日曜日の真昼ででもあったなら、世界ニュースレヴェルの大惨事だった。考えてみれば、人は放っておいても死ぬし、自分の運転で交通事故で死ぬこともする。地震で死ぬこともあるわけだから、頭の上に飛行機が落ちてきたといって、発狂して怒り狂うのも、おかしなものかもしれない。
板塀に描かれていた絵に、どこか見覚えがあると思ったら、知り合いが描いていた。ファン・カルロスというアルゼンチンから来た青年で、シアター・オブ・アーツという演劇学校に生徒としていた。ここには日本人演劇青年も多く、「占星術殺人事件」を英訳してくれたロス・マッケンジーが、一時期教師をしていた。定期的にショウケースをやっていたから、これを観にいって、ファン・カルロスを紹介された。
ファンは、客観的に見て非常に才能がある俳優だった。マスクもよく、体つきもよく、人となりにも魅力があった。どうしてこんなところで無名でくすぶっているのかと思ったものだが、彼は英語がうまくなく、発音も悪かった。ブエノノスアイレスではそれなりに立場がある演劇人のようだったが、LAでは、チャンスが掴みきれなかったようだ。
彼の才能は演技だけに留まらず、人形作りの腕が天才的だった。夕べおかしな夢を見たと言っては、せっせと不思議な人形を作った。あんまり可愛いタイプの人形ではないから、よく売れるというようなものではなかったが、仲間や生徒たちは感心していた。
そうこうしていたら、彼の才能に惚れ込む女性が現れて結婚した。家具を売る店を持っている女性で、お金持ちというほどではないが、それなりに豊かだという話だった。彼の人形も、その店に置かれていると聞く。店は、思えばこの近く、墜落現場から南に数ブロックも行ったあたりだったと思うから、惨事を聞いてここに来て、ファンは追悼の意味でこの絵を描いたのだろう。キリスト像があり、ティーカップがあり、無数の人の目があって、時計の実物が3時55分の位置で針を永久に止められて、貼りつけられていた。あるいはこれも、彼が見た夢なのだろうか。
ちゃっかり自分の写真も貼っていて、何か仕事があったらください、とも書いていた。人が複数死んだ現場だが、ファン・カルロスは元気でやっていると知り、なかなか嬉しかった。
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