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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第176回
島田荘司のデジカメ日記
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8−27(水)、ニューヨーク・ニューヨーク。
ニューヨークから帰ってきてしばらくしたら、ラスヴェガスに行くことになった。トミー・ナイトが、たまには会おうと言ってくれたからだ。観光客が知らないような博物館も案内もしてくれると言うから、ふらりと出かけた。
LAとラスヴェガス間は、サンフランシスコまでよりは近い。車で約6時間といったところだ。途中、砂漠の中を延々と走る。なかなかに退屈で、もしもカーステレオが壊れていたりしら、とても行く気にはならない。
ラスヴェガスはもう6〜7年ぶりになる。ニューヨーク・ニューヨークなどができ、ずいぶん変わったという話で、行ってみたいとは思っていたが、その機会がなかった。以前LAに来たばかりの頃は、車雑誌の連載もしていたし、もの珍しさもあってよく行った。
ほぼ中間地点にバーストゥという街があり、ここには有名なアウトレットがある。昔1度だけ行った記憶がある。アメリカのブランド品が卸価格で買えるというので、日本人でひしめいていた。その後アウトレットがあちこちにでき、たまに魔がさしてそういう場所に行けば、そこがもしもブランド品を扱ってなどいれば、これも当然日本人だらけで知った顔に出会った。以来バーストゥなどは、その案内表示が見えるとアクセルを踏んでさっさと通りすぎていた。
しかしアウトレットも最近は飽きられたようだ。まずは売る側も賢くなり、それなりの値段で、卸価格ではなくなったこと、バブルがはじけて日本が不況になったことや、香港闇ルートで、国内にいながらブランド品が破格で買えるようになったことなどで、日本人はバーストゥくんだりまでわざわざ来なくなった。それでもう日本人もいないだろうから、今はどんな様子か覗いてみようとイグジットを出たら、道に迷い、なんだか狭い公園のような場所に出た。戦車が1台ぽつんと置いてあった。耐用年数が切れ、あとは捨てるだけだからここに置いたのだろう。さすがに軍隊のある国だ。アメリカでは、公園にジェット戦闘機が置かれていたりもよくする。
子供の公園に、殺人の兵器というのも考えてみれば妙な取り合わせだが、日本も軍隊があれば、公園にこんな兵器が置かれたりもしたであろう。バーストゥは砂漠のただなかの街なので、非常に暑かった。車から出たらむっとする熱気で、汗が噴出する。
アウトレットはあきらめ、また15号線に戻り、ラスヴェガスに向かった。ラスヴェガスもやはり砂漠のただ中の街で、非常に暑い。昔7月の真夏に行ったことがあるが、コンクリートの駐車場に車を置いて表に出たら、あまりの暑さに眩暈がした。
しかしそういう場所に、冬には雪が降り、底冷えがする。これが砂漠気候というもので、こういう高低差により、膨張収縮の率が大きくなって、岩はいつか砂に砕ける。女性の肌にもたぶん悪い。
ラスヴェガスは、失業者対策、いわゆるニューディール政策を国が仕掛けたことが始まりだ。それでダム工事労働者がこの街に集められ、集落がぐんと大きくなった。
この政策は、産業国家主導の社会主義諸国の影響を受けたものだった。ソ連は、1929年から始まり、爆発的に世界を被った大恐慌にも無傷だった。アメリカは社会主義、共産主義とは無縁の国と思われているが、実はそんなことはなく、恐慌の30年代には産業の国家主導を求める声、あるいは無政府主義者、また共産革命を志向する者たちが国中にあふれた。ミッチェルという司法長官が彼らを借り集め、ロシアの箱舟と呼ばれる船に押し込んで、ソ連に追放したりした。これがあって、アメリカはコミュニズムに極端なアレルギーの国になった。
ニューディール政策も、ルーズヴェルト大統領による、実は国家主導型体制への模索だったが、あまり効果は上がらなかった。ヒトラーのナチ党は社会主義政党だが、これはアウトバーン建設、あるいはVWの製造など、やはり国家主導型の経済政策をとり、こちらは成功して国民の心を掴んだ。

ラスヴェガスに着いたのは夜になった。ニューヨークから戻ったばかりだし、ちょっと評判だったから、ニューヨーク・ニューヨークの駐車場に車を入れた。駐車場からエレヴェータに乗り、さらにエスカレーターでくだっていくと、ホテル・ニューヨーク・ニューヨークのカジノに出る。室内に林のように置かれた背の高い木々の間から、無数に並ぶスロットマシンが見えてくる。博打好きになら胸が高鳴る眺めなのだろうが、その才能がないぼくなどには、血も肉も踊らないただの機械置き場だ。
フロアの赤いカーペットには、セントラルパークで本物を見た、ジョンに捧げたイマジンのプレートがあった。LVのこれはただの絵だ。中央のステージでは、黒人女性歌手がソウルっぽい曲を歌っている。なかなか上手で、ただで観ていてもよいのかと思うほどだ。
これがラスヴェガスというもので、サーカス・サーカスではずっと曲芸のショーをやっているが、これも観劇はただ。郊外のホテルは、ウィークディなどは宿泊費がわずかに19ドル、ほとんどただ同然である。ホテルの駐車場はむろんすべてただ。街のあらゆる収益は、賭博場から得ているからだ。よってそれ以外の費用はすこぶる安く設定してある。
ということは、博打に興味のない者がウィークディにやってくるなら、ラスヴェガスは格安の巨大遊園地だということである。人間の博打心というあぶく銭が、砂漠のただ中に忽然と現出せしめた、古代ローマがネオンをつけたような享楽の街を、非常に安上がりで見物できる。
ネオンのあがった古代ローマというのは実際そんな感じで、シーザースパレスなどは、文字通り古代ローマ趣味の雄大な産物だ。実によくできていて、賭博場を抜けた場所に開けるショッピングモールなど、ローマの街角をすっかり再現してある。瓦屋根の上の天井には青空が描かれ、見事な噴水がいくつもあって、そのひとつは、周囲に立つ大理石の彫像が時間ごとに動く。特殊な白いゴムでできているのだ。それら噴水の脇には、アウトサイドのテーブルが並ぶ洒落たレストランがある。
シーザースパレスのモールが見事なできだったので、以降、室内に欧州の街角を再現する手法が、ラスヴェガスのはやりになった。あちこちのホテル内に、今はこの手の街がある。
シーザースパレスの成功の秘密は、その床にもある。石敷きふうにできた床が、雨上がりのような濡れた感じにできあがっている。これが欧州の街の美しさをよく表現した。だから後続のどの街の床も、このスタイルだ。

表のラスヴェガス・ブールヴァードは、日曜日でもないのに人でごった返している。ニューヨーク・ニューヨークを振り返ると、なるほどホテルの高層部は、先日昇ってきたばかりのエムパイア・ステート・ビルやクライスラー・ビル、また自由の女神などがぎゅっと身を寄せ合い、立ち並んでいる。作り物だが巨大だし、夜の中、遠目で観れば本物のようにも見える。彼方にはエッフェル塔もある。ディズニーランドふうの城もある。
これらはいささか張りぼて感があるが、久しぶりに観るメインストリートに並ぶ各ホテルは、もうモナコの本物にもまったくひけをとらない。しっかりとした本物感を持って完成していた。川があり、吊り橋があり、板敷きの遊歩道がある。ホテル・ベラジオの前には大きな池があり、ここには噴水のショーがある。天高く噴きあがる噴水がいくつも並び、これらが音楽に合わせてダンスをする。ラスヴェガスは大した都市になった。ちょっとした夢の国だ。
ラスヴェガスの夜は、安全なことでも有名だ。治安に大金をかけているからだ。あちこちにセキュリティや警官か立っている。だからこんな野外のショウも、夜っぴて、安心して愉しめる。
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