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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第172回
島田荘司のデジカメ日記
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8−16(土)、タイムズスクエアの、「オペラ座の怪人」
もう地下鉄が走っていたので、高名なタイムズ・スクエアに出てみた。アメリカにいれば、ここはテレビでよく見ることになる。音楽専門のTVチャンネルMTVで、よくこの広場が写るからだ。東京でいうと、渋谷のハチ公前といったところだろうか。
この街角のシンボルのような大型テレビ、その上にはわがカップヌードルが、常時湯気を上げながらでんと貼りついている。ハリソン・フォード主演のかつてのSF映画、「ブレードランナー」で、やはりこんな場所が登場して、そこには何故かわが消化薬、「わかもと」の巨大な広告があって、思わずどっと汗顔、赤面したものだが、ここではカップヌードルだ。
カップヌードルは、こっちのスーパーでもたくさん売っていて、ぼくもけっこう食べる。アメリカ人もよく食べるらしい。ジャッキー・チェンの映画を観ていたら、「カップヌードルでも食べたい」と相棒の黒人が言ったから驚いたし、LAでは、小学生がこれをランチに持ってくるという話も聞く。日本産業の、隠れたヒット商品である。だから別に気恥ずかしくなる必要もないのだが、世界で最も華やかな場所に、なんでよりによってカップヌードルなのだ、とどうしても思ってしまうのは、やはり謙譲日本人の証しというものか。天下のタイムズスクエア、羽織袴で柏手のひとつも打つような、初詣気分に陥っているのであろうか。そんなつもりは全然ないのであるが。
タイムズスクエアというあだ名は、ここにニューヨークタイムズが越してきてからついたものらしい。凝った広告があることでも有名で、2台の携帯電話が並んで壁に貼りつき、メイル文字によって延々と会話をしている広告もあった。
商魂たくましい、なかなか目端の利いた黒人たちがいて、「ブラックアウトからぼくは生還した」と胸に書いたTシャツを道端で売っていたから、思わず買ってしまった。近くの大型スクリーンには、「テロも経験した、停電もすんだぞ、さあ次は何だ?」という文字が浮いていた。
タイムズスクエアでも、なかなか渋いビルを見つけた。まずは探していたパラマウント・ビル、それからミース登場以前の、過剰な装飾を持ついくつかのビル。しかしそれが今や絶望的なまでに黒ずみ、骨董品となっている。見つめて舗道に立ち尽くせば、強い懐かしさを覚える。こういうものこそは、ぼくのはじめての異国体験だった。
ある特定の時期のアメリカ、それも東側にしか、こういう集合体はない。これこそは、ぼくのミステリー・ドラマの原点であったかもしれない。むろんホームズ的なイギリスは間違いなく本格ものの出発点だが、気のきいたジョークとともに推理思考が先鋭化していくドラマは、やはりNYのような都会においてだった。そういう無数の映像の群れ、その起点には、エラリー・クイーンがある。あの洒脱さは、ミュージカルの陽気さと同じでアメリカにしかない。あの空気は、しっかりと理解しないとつい勘違いをする。
いっぱいに明りをともす、彫刻を刻んだ石積みの高層ビル、その群れにさわさわと雨が注ぐ暗い夜、時は50年代、足もとの往来には、ずんぐりした大型車と、ソフト帽の男たちが行きかい――、とそんな光景を思い起こすと、鳥肌がたつような郷愁を覚える。ただの1度もここにいたわけではないのに、あの感覚はいつも不思議だ。

タイムズスクエアでは、7番街の通りとブロードウェイとが斜めに交差する。1811年の都市計画で、マンハッタン全体にグリッド状の道路を敷いた時、この斜めに走るブロードウェイも潰そうと市当局は考えたのだが、この道沿いにはすでにもう多くの商業的な施設や劇場が建ち並んでいたため、かなわなかった。以来マンハッタンが発展するにつれ、ブロードウェイは世界の芸能のメッカになっていった。
ブロードウェイ界隈には、だから今でも多くの劇場が建ちならんでいる。その一軒、マジェスティク・シアターで「オペラ座の怪人」をやっていた。驚異のロングランだそうで、劇場の前に行ってみると、当日券が半額になっていたから、思うところがあって観ることにした。
入ってみれば、古びてはいるが、なかなか格式のある劇場で、見事な装飾が壁や、高い天井に施されている。ロングランという話なのに、時間になってみれば1階席、2階席ともにぎっしり満員になった。大変な人気の出し物のようだ。
2階席の上の方だったから、ステージはずっと眼下に見える。額縁のように枠どられた、凝った舞台装置も見事なら、原色をふんだんに用いた白人演技者たちの衣装も見ものだ。華やかな彼らが大挙して登場し、歌い、踊りはじめると、精巧に造られた、動くドルズ・ハウスのように華麗だった。
ミュージカルかと思ったら、完全なオペラの歌唱だった。考えてみれば、「Fantom of the Opera」だから当然だ。この物語は、映画化されたものを2本くらいは観ている。だから、筋はおおよそ知っている。

パリのオペラ座にちなんたオークションで、ラウルという老人が、古いオルゴールを買い求める。そしてこの音色とともに、舞台は老人の青年地代の回想に入っていく。
ダンサーで歌手の、クリスティーナという美しい娘がいた。オペラ座の人気の出し物で、突然落ちてきた背景スクリーンに主演女優のカルロッタが潰されそうになり、彼女は主役を降りると言いだす。そこでクリスティーナが、代役を務められるのではという話になり、オーディションを受ける展開になった。関係者のラウルがクリスティーナと出逢うと、2人は恋仲になる。クリスティーナは誰かに歌のレッスンを受けているというが、教師が誰であるのかは、彼女自身にも解らないのだという。
クリスティーナは、鏡から現れたファントムに、劇場の地下深くに連れていかれる。彼女の音楽の教師は、このファントムだった。彼女は蝋燭がいっぱいに立った池を、小舟に乗せられて進み、ファントムの隠れ家に連れていかれる。そしてしばらく時をすごしてから、また劇場に戻ってくる。
ファントムは、主演にカルロッタではなく、クリスティーナを使えと劇場に要求してくる。しかしマネージャーがこれを拒絶すると、ファントムはカルロッタの声をカエルに変えてしまう。
混乱を逃れ、ラウルはクリスティーナと2人でオペラ座の屋根の上に逃げる。その後あれこれとあり、ファントムはクリスティーナをさらい、ラウルは追っていってファントムと対決するが、ファントムは最後には折れ、クリスティーナをラウルに譲って姿を消す。

蝋燭の明りが無数に立ったドライアイスの池を、小舟でゆっくりと行くファントムとクリスティーナの場面は幻想的だった。さんざめく明りが眼下に望めるオペラ座の屋根の上のシーンも、ぼくが求めている脳裏の光景で、実に見事だった。
これを観ていて、ぼくは実はずいぶんと驚いていた。これから書こうとしている「ライオン大通り」という長編があり、ニューヨークが舞台なのでこうして取材に来たのだが、大筋も細部もむろん違うものの、脳裏に見ていた風景と似たものが、実にいくつも舞台に現れたからびっくりしたのだ。池と小舟、さんざめく夜景が望めるオペラ座の屋根、これらもだが、ファントムと美女のやりとり、それは作品の中にしばしば観ていた光景なので、時に目を見張った。
ぼくにはこういうことがよくあって、こんなふうに書くと、いつも嘘をついているように聞えるかもしれない。ある種の選民意識から、こんな自己中心的なドラマを作っているように見えるかもしれないが、これは事実だ。しかし、説明はできる。たぶん、自分のと似たドラマだろうと潜在意識で見当をつけ、この劇場に入ったのだろうと思うし、このパリの物語はもう潜在意識下に入っているのだろうと思う。またニューヨークが舞台なら、夜景やセントラルパークの池くらいは出てもくる。しかしあんまり次の創作への啓示のように思われたから、正直に言えば驚いたし、感動もした。
ニューヨークには、「ネジ式ザゼツキー」という長編を書きあげてから来ていたのだが、この物語の中の重要な人物に、ラウルという名前の者がいたことにも驚いた。しかしこんなような体験は、創作者なら多かれ少なかれみんなしていることと思う。こんなことを書いても、ぼくは自分の作品が何かに祝福された特別なものだなどとは思っていない。もしもそうなら、もっと本が売れるであろう。
ともかく、舞台は素晴らしかった。ここが世界の芸能の頂上であることを、まったくもって思い知らされた。ロングランで磨きぬかれた舞台は、演出といい、見事な風景といい、完璧な歌唱とそのバランスといい、ぼくがこういった芸能の専門家でないせいもあるのかもしれないが、まったく非の打ちどころがないものだった。
ホテルまでの帰路、「ライオン大通り」を、いっそこの怪物のドラマに接近させてはどうだろうというアイデアが湧いた。細部も、中心のアイデアも違う。「オペラ座の怪人」はなかばファンタジーだが、ぼくのものはもっと理詰めのものだから、真似だといわれても別段かまわないのではないか。実際「ライオン大通り」の骨子は早くからできており、これの構築には「オペラ座の怪人」は全然関わっていない。表面的には、マンハッタンに舞台を移した怪人のドラマに見せるという趣向は、なかなか悪くないもののように感じた。
とみかく、これまであまり馴染みがなかったが、この街にはういう白人の文化があった。思えば黒人は一人も舞台にいなかった。マンハッタンには非常に黒人が多いが、ジャズとともに、彼らがこの地の文化のイニシアティヴをとった時代は、今ちょっと一段落したように見える。
実によいものを観せてもらった。正規の料金ならこれは百ドル以上だったが、もしもそれを払っていたとしてもおしくなかった。この夜は、この街の実力を思い知った。
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