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島田荘司のデジカメ日記
第17回
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11−3(金)、雨の井の頭公園案内、2
井の頭公園は、弥生の時代からの長い歴史を持っていて、この池の周囲からは、竪穴式の住居の遺跡がいくつも出るのだそうだ。公園からかなり離れている、ぼくの家の裏手からも最近出た。
水のそばだからだろう。つまりこの池はそんな時代からあったわけだが、でも以前この池は竣設工事をしていて、池を橋のところで半分ずつに仕切って水を干し、ブルドーザーで底をえぐっていた。その時、岸近くから自転車がたくさんで出たり(みんなあちこちで自転車を盗んで乗ってきて、この池に放り込むらしい)、2メートル近い鯉の主が見つかったという噂がたったりと、なかなか面白かった。それよりも、水を干した後に現れた水底が、グラウンドみたいに真平らで、しかもせいぜい腿のあたりくらいまでしか深さがないことに驚いた。だから竣設工事ともなったわけだが、池というものは、土砂が流れ込んで徐々に埋まっていくものらしい。となると、弥生の池がよく今まで埋まらずに残ったものと思う。弥生人が竣設工事をしたとも思われないが。
井の頭公園は、大正8年発令の都市計画法にもとづいて、近代公園に指定された。日本を景勝国家とすべく明治政府の発令した明治6年の太政官通達からは、まだここは漏れていた。明治の時点では、東京の公園は日比谷、飛鳥山、上野、浅草、芝などの5公園のみだった。戦前、この池の周囲が競馬場になった時期もあるのだと聞いたことがある。そういえば上野、不忍池もそうだ。都市に属する池というものは、なかなか劇的な過去を持つものらしい。
それからかの文豪太宰治が、三鷹の自宅に弟子が遊びにくると、可愛い娘を見せてやると言ってこの公園に連れてきて、団子屋に入ったという話がある。団子屋は、池の上に半分はり出して建てられていたということだが、今はもうそんな店はどこにもないので、大宰好みの娘の働いていた団子屋が、はたしてどこにあったものかはもう解らない。今の名所は、少女漫画「ガラスの仮面」の作中で、北島マヤというヒロインがアルバイトをしていたという店だろうか。これは橋の南にある。
池の中央にかかる七井橋は、ぼくが付近に越してきてから幅が広く、新しくなった。花見客のためだと思われる。井の頭公園は桜の名所で、池の周囲に立つ木々は、大半桜である。満開の時期は、池の周囲を薄桃色の翳りが埋め、花びらは水面に散り敷いて、見事な様子になる。しかしこの頃は酔客の胴間声が公園に満ち満ちて、突っきることも骨だ。
一番時間がかかったのが七井橋で、以前の狭い橋では、花見客が橋を埋めてたたずむシーズン、橋の上は大渋滞、大混雑で、渡るのに15分以上もかかった。今の橋は幅が広くなったから、そんなこともなくなった。
雨の中、右手の池にはカモが浮かんでいる。このカモは、上野の不忍池から飛んでくるのだそうだ。よそでは人間を警戒するそうだが、この井の頭公園の池でだけは、人間に寄ってきて餌をもらう。リーダーが仲間にそう教えるのだろうか。
左手には白鳥の形をした足漕ぎ式のボートがひしめいて浮かび、雨に打たれている。この右手には、むろん通常のボートもある。休日ではないから休んでいる。
七井橋という名前は、昔上海に言った時、確か七曲橋という橋があった記憶があるから、これを真似したものだろうか。とすれば、このあたりまでは遣唐使、遣隋使の伝統を踏まえているわけだ。
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