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島田荘司のデジカメ日記
第165回
島田荘司のデジカメ日記
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4−17(木)、川越、小江戸を歩く。
川越に小江戸を観にいってみた。これはLAで日本語放送を観ていたら、川越の小江戸を紹介していたから、懐かしくなって、帰国したらちょっと訪ねてみようと考えていたのだ。
この地にある五百羅漢というものが気になっていたし、川越の仙波東照宮というものも気になっていた。
蔵造りの通りは、小江戸と呼ばれて最近ずいぶん有名になっているが、行ってみたら、テーマパークのように、まとまった江戸ふうの街並みがどんと出現するわけではなく、蔵造りの建物があっちにひとつ、こっちにひとつと並ぶ。たいてい表戸を開け、のれんを覗かせている。この様子は風情があっていいものだ。
類焼を防ぐために造った江戸時代の蔵、これを住居にも応用したらしい壁の厚い家々。こういう建物は、今はもう造られない。江戸の風あい、商都の佇まいを感じさせてよいものだ。今は建築にもさまざまな選択肢がありすぎるのか、ひとつしか方向がないという時代の製作者の集中心はたいしたもので、これが作品を時の風化に堪えさせ、未来の建築物に打ち勝って重厚さにもする。さらに味を醸す。小説もそうだが、何事にも教訓があり、勉強になる。
菓子屋横丁というものが面白かった。昔ながらの駄菓子が、軒を並べて売られている。
レストランに入ったら、芋ビールという生ビールがあって、飲んでみたらこれがおいしかった。外観は黒ビールなのだが、独特のこくと甘味がある。川越の地ビールで、これはお勧めだ。
「時の鐘」という木造の塔がある。これは奈良の大仏と同じ高さだそうで、現物は四代目だそうだが、江戸時代からのもの。今でも日に4回、朝の6時、正午、午後の3時、午後の6時に時刻を報らせているそうだ。上がれるのかと思って階段を見てみたら、板で塞がれていた。
川越が小江戸と呼ばれるのは、最近の思いつきではなく根拠がある。産業のもととなる木材、食材などを、新河岸川の舟運、または川越街道によってこの地から大量に江戸に送り込んでいた。大江戸の台所を一手にまかなうことで江戸の母と言われるようになり、それがこの名の由来らしい。その証拠か、この地の喜多院という寺には、江戸城内にあった書院式の建造物が一部移築されているそうだ。当時としてはこれは大変な名誉であったはずで、この土地が、東の江戸と特別な関係にあった証だろう。
喜多院には、有名な五百羅漢というものがある。これは天明2(1782)年より文政8(1825)年までの50年の間に、民の寄進によって造られた。当初の計画ではぴったり500尊の予定だったが、実際には535尊あるらしい。集まった寄付の額が予定より多かったので、せっかくだからと予算をみんな使いきったのだという。塀に囲まれ、ひっそりとした一角で、佇めば予想以上に東アジアふうの景観があり、陽が傾く頃などは特に、非常に写真向きの場所だ。
石仏は、形式的な中にも充分写実的で、ひとつひとつ顔を覗いて廻ると、飲んだくれて横になっている者もおり、誰とは言わないが、何やら知り合いを見るようで、尊者がこんなことでいいのかと心配になる。お上のお咎めはなかったのであろうか。脱日本的、あるいは脱儒教的なユーモア感覚が感じられて、これには感動する。日本の庶民の歴史は、遺っているものはよそいきの記録ばかりで、これを信じるなら古人はみな冗談の解らぬ朴念仁ばかりのようだが、実際の庶民の感覚は、こんなふうに現代にも通じる小粋なものだったのではないか。それともこれが小江戸川越の、進んだ都会人センスというものなのか。
この街が特別ということは、喜多院に並んだ仙波東照宮によっても感じられる。これが以前から気になっていた。ここは日本三大東照宮とも言われる。以前にこの日記で上野の東照宮、日光の東照宮を紹介したから、これで3つともを紹介できたことになる。意外に知られていないが、ここ川越の東照宮は、なかなかに重要な東照宮であった。
天海大僧正の命によって家康の亡骸が久能山にいったん葬られ、のちに日光に総本山が造営されて、家康の遺言というかたちで亡骸ははるばる日光まで運ばれる。この途中、川越に立ち寄ってしばらく留まり、それがこの仙波東照宮になったと言い伝えられている。
しかもこの地の東照宮の本殿は、江戸城天主台下に造営されていた二の丸東照宮を一部、もしくは大半移築したものだとする説があるらしい。この証拠とされる記述がいろいろと遺っているようだが、もっか議論中で、結論は出されていない。しかしここが江戸の母とするなら、あり得ることではあろう。
仙波東照宮は、喜多院のすみ、石段をあがった高台にひっそりとある。最近再建したふうで新しく、扉に取り付けられた三つ葉あおいも新しい。しかし訪れる人もないらしく、ずいぶんひっそりとしている。ここの建物は、外観にはそれほどの独自性はなく、神社の様子に近い。やはり今となっては、どこか系統不明の、中途半端な宗教建造物に見える。
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