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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第164回
島田荘司のデジカメ日記
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4−14(月)、三鷹の森、ジブリ美術館
井の頭公園にできた「ジブリ美術館」は、仕事場から近いのでよくそばは歩くのだが、まだ中に入ったことはなかった。ローソンでしかチケットが買えず、もっかのところ3ヶ月待ち、つまり3ヶ月先のチケットしか買えないといった話をよく聞いた。三鷹駅前に住んでいる石塚桜子さんによれば、三鷹駅前からジブリ美術館行きの専用バスが出ているのだが、いつ見てもぎっしり満員ということだ。この様子は、オープンから今まで、まったく変わっていないという。最近ではさすがに待ち時間も短くなり、一か月ほどになったという話だが、それでもアメリカに住む者にはきつい。とうぶん入る機会はないだろうと思い、表から望める屋上のロボットを眺めながら、いつも塀の外側をぶらぶらしていた。
そうしていたら、ひょんなことからチケットが手に入った。不動産関連の知り合いの人が、買ってあったのが余ったと言って、ぼくに廻してくれたのだ。それで、散歩の途中にちょっと入ってみた。
チケットを持っていても入口では行列になり、ようやく入れた中もぎっしりの人なみ、のんびり展示品を観て廻るという感覚にはならない。あわただしさと人疲れは、かつてのパンダ見物のようだ。しかしよくできた美術館で、1階では、立体のアニメが特に気に入った。ターンテーブルの上に狸だかトトロだかに縄跳びをさせている女の子の人形がぐるりと載っていて、これが、少しずつ動作が進行しているように作ってある。テーブルが普通に回っている時はそれだけのことだが、暗くなり、回転速度に合わせたストロボが明滅を始めると、人形が全員1箇所に停止し、ぐるぐると縄を回しはじめ、狸がポーンポーンとその縄を跳ぶ。
宮崎アニメが作られている工房も、再現されていた。精密に描かれた背景画が展示されていたり、セル画が完成していくまでの様子がよく解る仕掛けになっている。これを観にきている若者たちにもアニメーター志望者は多いのであろう、なかなか専門的な感想が周囲から聞えてくる。

ぼくが宮崎アニメを知ったのは、思い出せば「風の谷のナウシカ」によってだった。あれはこの映画の大ファンだった綾辻行人君が、「島田さん絶対観てよね」と言い、彼に手を引かれるようにして竹本健治さんのマンションに連れていかれ、3人でヴィデオを観た。緻密な本気の作りに感心したから、「いいね」と感想を言い、少し考えを述べた。細野晴臣さんの作った挿入曲のひとつに、当時よく聴いていたマッコイ・タイナーの「Fly with the wind」の影響が感じられるものがあり、ああ同じ音楽を聴いているなと思って、親近感を持った。
もうひとつ、宇宙船だったかが草原をかすめて着陸してくるシーンがあり、ぼくはこういう疾走感の視界が大好きなので、「この場面、もっと緻密に作ってあったらもっと感動したんだけどなー」と感想を言ったら、批判だと思われたらしく、そんなことを言うのは島田さんだけだ、というような不平を綾辻氏に言われた。
しかしこの時のぼくの受け取り方は、決して誤ってはいなかったと今も思う。ぼくは宮崎アニメ大ヒットの秘密は、ひとつにはこの疾走感だと思っている。ハリウッドの若い映像作家連中に負けないくらいに、彼にはスピードの持つ魅力が理解されている。宮崎アニメは、唯一本物のスピードの感がある日本映画だと思っている。
最近はもう飛ばさなくなったが、スピードの持つ魅力、それとも魔力の理解では、ぼくは人後に落ちるつもりはない。宮崎駿さんは、間違いなく早い乗り物が好き、スピード狂、自動車好き、飛行機好き、機械好きであろうと思う。画面を見ればこれは一目瞭然で、同類であるからぼくにはよく解る。これが、宮崎アニメがここまで世界的に人気を得た秘密のひとつであろうと想像する。
乙女チックなメルヘン、女の子好みの夢のような恋愛談、こういうものはむろん魅力だが、言わずもがなの前提であって、宮崎さんがそれだけの人であったなら、ここまで世界が発展し、深まってはいなかった。それでもって女の子の人気を掴んでおいて、さらにメカやスピードの表現で男の子の心をもしっかり掴む、この両刀作戦が、宮崎アニメの力だと思う。
付言すると、こういう点で日本映画は、ハリウッドに大きく遅れをとった。最近の、ゲーム方向からのアプローチによる日本映画は、この点ではだいぶ追いついたが、今度は脚本で、また水をあけられた。これは新本格とも似た現象で、コード型、記号了解前提の展開が、画面を知らず類型発想で埋めることと関係がある。登場キャラクターがPCゲーム用の記号で、人生がない(だから悪いと言っているのではない)、テロリスト、レーサー、カンフー・ファイターとして、27〜8歳の肉体を持って空中から出現した記号だ。すると特に女性が生きない。こっちは文字通りの男性用ブリッコ人形となりがちだ。
こういうことは、またいずれ別所で展開したいが、ともかく宮崎アニメは、二次元のセルロイド画であるのに、実写のそれらとは逆に、登場人物に背景や人生を感じる。近作の「千と千尋の神隠し」もそうだった。ひとつには、突進するイメージが、ゲーム・キャラクター用の定型借り物でなく、ほとんどすべて宮崎氏のオリジナル発想で世界が作られるから、人物の生き方とどこかで辻褄が合う。これが作中世界で個性となる。そうして、「となりのトトロ」などは典型だったが、これにもいたるところ、スピードだけが持つ、特有の胸のすく感動がある。
このスピード表現、飛行感覚は、トトロで完成したように思っている。ナウシカではまだ画面のつながりがあらく、胸がすくほどしなやかには、これが現れなかった。
ちょうど、「天空の城ラピュタと空想科学の機械達展」というものをやっていた。これが非常によかった。19世紀のフランスに、アルベール・ロビダという空想科学の画家が現れる。写術的な画風だったが、今でいえば漫画家である。19世紀の欧州は面白い時代で、黎明期を向かえている機械文明によって、来るべき20世紀はとてつもないパラダイスになると期待されていた。彼が格別関心を持ったのは、空飛ぶ機械たちだった。
世紀末のパリの夕空に、魔王のようにぽっかりと浮かぶ、巨大鮫のような飛行体。警官を上に載せた、魚雷のような小型飛行艇、これらは国を開いたばかりの明治の日本にも輸入されて、以降おびただしい未来画の追随者を生む。胎内に巨大なヘリウムの風船を持っているから、マッコウクジラのように肥満した飛行船、上におびただしいプロペラを屹立させた空飛ぶ海賊船、オーニソプターと呼ばれる羽ばたき飛行機、こういう飛行体の絵を、ぼくも子供の頃にさんざん見ている。すっかり忘れていたが、この美術館で思い出した。拙作でいうと、「ロシア幽霊軍艦事件」などは、ぼくのこういう趣味から出てきたものだろうと思う。こういう流れの下流に手塚治虫があり、宮崎駿がある。長岡秀星なども、おそらくはこの流れに属している。
中に書店と、土産物屋がある。書店で、宮崎さん推薦の「肩甲骨は翼のなごり」を買った。
屋上に出たら、下の道からいつも見える巨大ロボットが立っていた。これは「天空の城ラピュタ」に現れたロボットだ。
1階に降りてレストランに入ろうかと思ったら、大変な人で、到底無理だった。

日本人はアニメが大好きで、相性がいい。これは鳥獣戯画から浮世絵へと続く、日本人の絵の好みからくるものではないかといつも思う。影のない、立体的でない、遠近法的でない、日本ふうの作画趣味というようなことだが、これがとうとうあのディズニーとも並ぶまでの才能を作り上げた。
そういうこの時代を拓いた者は、間違いなく手塚治虫だ。彼は雑誌に漫画を描きながら、そのあがりでアニメを作った。眠らずに頑張ったが、ついに倒産もした。あの時代、日本のアニメがディズニーに手が届くなど夢のまた夢で、人件費がかかるアニメは、ディズニー以外には作れなかった。
手塚さんは、自分がアニメをやる一番の理由を「メタモルフォーゼ」だと言った。娘が身を屈め、ゆるゆると白い獣に変身していく、そんな表現がやりたくてアニメを作ると言った。
ぼくは宮崎さんの理由は、疾走感、飛翔感ではないかと思っている。実写ではとてつもなく金のかかるこれを、アニメなら手軽に作れる。むろんそれを脳裏に視る力がある人にはだが。やはり彼は、ただのメルヘン・ロマンの人ではない。
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