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島田荘司のデジカメ日記
第160回
島田荘司のデジカメ日記
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4−7(月)、講談社と、麻布の「露地やま弥」
講談社に出向いて、レストランで文芸第3部の部長の唐木さん、その下のぼくの担当、秋元さん、もと第3部長で今は独立部署の宇山さん、などなどと会ってお茶を飲み、話した。このレストランは大変眺めがよく、光文社のビルとか、反対側の護国寺あたりまでが見渡せる。話題は新本格の現状に関してだった。
これは近く「21世紀本格宣言」というエッセー集を出すので、詳しくはそっちに譲るが、簡単に言えば、新本格の背骨であるコード発想というものが、その網羅発想自体は過去となっても、これが誘導した特有の意識は今も残っており、育ってむしろ顕著になっている、これの功罪について、といったようなことだった。
内容を手短かに述べれば誤解を招くだけなので、ここでは控えておきたい。ともかく、あれこれ言われても、ぼくは新本格の登場自体は有意義だったと確信している。現状が不充分なら、必要な要素をこれに足せばよい。しかし流行が世代勢力化し、やや排他的傾向が続いているので、同世代作家にはこれがむずかしい。では新世代はというと、昭和50年代世代ともなれば、目だった本格系の書き手自体が現れない。このこと自体、コード発想の記号意識が本格を殺しはじめた証でなければいいがと、まあそのような話である。ともあれ、これ以外は駄目といった例のわが片より威圧発想は、将来に向けての不安定要素となるだろう。

「透明人間の納屋」の表紙の絵、中の絵に、石塚桜子さんの作品を使うことは先日決定していた。これはお伝えした通りだが、1点だけ、どうしても注文で書いてもらいたい風景があった。作品冒頭の1シーンで、この1点だけは、挿し絵に近い解釈で行きたい。この日、桜子さんがその1点の絵をあげて持ってきてくれる約束になっていた。それで講談社で待ち合わせ、彼女も一緒に食事に行く計画になっている。
桜子さんが来たので1階に降り、唐木さんとはそこで別れ、M澤さんと合流して、宇山さん、秋元さん、M澤さん、桜子さん、それにぼくの5人で、麻布の「露地やま弥」という和食の店に繰り出した。よい店で、白木の香りもすがすがしい、新築の個室が予約されていた。
食事が来る前にということで、さっそく作品を見せてもらった。桜子さんは6点も描いてくれていて、それらを畳の上に並べ、ぼくと宇山さんは立って観賞して、中から最もふさわしいものを選んだ。宇山さんがこれと言ったものは、ぼくもインパクトを感じ、見ていたものだったから、問題なく決まった。
この日、表紙用の絵も最終決定した。この絵は大変よいもので、桜子さんの油彩の上に、桜子さんが心ひかれた写真が小さく切り貼りされているという性格のものだった。だから厳密にはコラージュという分類になるが、この切り貼りされた写真のひとつ、小さなガスマスクが、ある店の現在も扱っている商品であり、写真転載は不許可とされていた。これを知って、桜子さんは大変悩んでメイルをくれ、そうならこっちの絵にしてはと、宇山さんが別の作品を提案してくれた。それも良い絵だったが、ぼくはもとの候補作の方が本の内容に合っていると感じていた。
そこで、作品レヴェルで修正はできないものかと彼女に提案した。そうならこれは永遠の問題になり、将来桜子さんが作品集を作っても、この絵は入れられないという話になる。桜子さんも納得してくれ、マスクの写真は潰し、油絵の具で修正してくれたから、この夜、もとの候補で決定という運びにできた。
それから桜子さんの別の作品群のカラーコピーも畳に並べ、みなで観賞した。中に宇山さんがずいぶん気に入ったものがあり、彼がそう言うと、じゃあこれは額に入れて差し上げます、と桜子さんは言っていた。
それからビールで無事終了を乾杯し、ゆっくり食事をした。病みあがりの宇山さんはむろん飲まない。しかし彼はこの頃見事に回復して、会話も以前なみに戻った。一時はどうなることかと大変心配したが、本当によかった。これを最後の企画にして定年退職する彼のためにも、このジュブナイル企画は成功して欲しいと思う。
ぼくは日本の新本格に対する宇山さんの貢献に対し、「透明人間の納屋」の扉には特に彼の名をあげ、感謝の言葉を書くつもりでいる。
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