島田荘司 on line
on line top Weekly Shimada Soji top
編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第156回
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
4−2(水)、「透明人間の納屋」の表紙と文中の絵、石塚桜子さんの絵に決める。
以前から何回かお伝えしてきている、講談社、宇山日出臣さんが企画立案したジュブナイル、ミステリーランドのシリーズだが、仕上げ段階に入っている。
ぼくは第1陣の4人に入る。ほかのメンバーは、有栖川有栖さん、小野不由美さん、朱能将之さんの3人。ぼくの作品はすでに完成していて、タイトルは「透明人間の納屋」という。
御手洗さんも吉敷さんも出てこない、文芸ものに感覚が近い単発の長編で、母しかいない1人の少年が、成人して、社会人になるまでの課程を描いている。作中時間が長く、自分としては近年異色の作であり、少々自信作でもある。
一般文芸ものの感覚とはいっても、そこは本格としても読めるような仕掛けはある。日本列島中が驚き、夢中になるような不可解な事件が少年の暮らす街で起こり、マスコミも大騒ぎするが、彼らには解決は不能。少年は、当事者だったある親しい人から解決を示されるが、それは子供だったから納得したもので、成人した今、おとなの常識で考え直してみると、そんな解明こそ、まるであり得ないことだった。だから追憶の事件は、ますます不可思議な様相を呈している――、とそんな話である。
この日、まだSARSはそれほど話題になってはいない。しかし作中人物が、これらしい病原体の奇妙な素性についても語っていて、作品の核となるある事実と併せ、思いがけない時事ものになったと、宇山さんも驚いている。
この日、この本はヴィジュアル的にも前例のないものにしようということで、まずは文中の活字を2色刷りにすることを決めた。これまでもカラーインクで本文を印刷した本はあったが、それは冒頭から結部まで、全ペーシの活字をカラー刷りにするというものであった。今回ぼくらは、長編の中のある一部分の活字のみをカラーにしてやろうともくろんでいる。それも改ページしてのちのある章のみを、というのではなく、あるページの中途から、ずっとのちのあるページの中途まで、強引に文字色を変える。
さらに簡易箱入りとし、箱の中央に穴をあけて、そこから表紙が一部覗く仕掛けとする。これは装丁家の祖父江さんのアイデアである。そして引き出すと、四六ソフトの本がしずしず出てくるというかたちだ。
もうひとつ、文中に10点ばかし絵を入れ、これも2色刷りとする。しかしこれは「挿し絵」という解釈ではなく(このシリーズ中で、そういう解釈で使う作家がいてもかまわないが)、それ自体が独立したアート作品としたい。だから文章に従属するのでなく、ストーリーに負けない、力のある絵が欲しい。これは明かに小説本だが、ヴィジュアルな作品集としても観賞できる、そういうアートとしての仕事を、ぼくらはもくろんでいた。
そこでこの日は、宇山さんが候補として考えている画家の作品を、何点かルノアールに持ってきてくれていた。その中には、「ロシア幽霊軍艦」の表紙の絵を描いてくださった画家のものもあった。
この作品などは特に、とてもよいものではあったが、静的にすぎた。ゆったりとした海と波が、黒い細線で繊細に描かれている作品が、静かに、延々と続く。宇山さんはこれを押したが、今回は違うとぼくは言った。これだと、ある定型に填まってしまう。
その時、ふと石塚桜子さんの絵がひらめいた。彼女は今、5月のあたまに上野の都美術館で行われる展覧会のために準備をしているのだが、最近ほぼ終ったと言っていた。彼女に聞いた電話番号に電話して、自作品のカラー・コピーのファイルを持ち、すぐ吉祥寺のルノアールに来てくれるようにと言った。彼女は家が三鷹だから隣り駅だ。
電話を切ってから、今回の企画には、石塚桜子さんという若い画家の作品がぴたりだと宇山さんに説明した。彼女は今コマ展という展覧会の準備をしているのだが、新人はみんな1人1点が原則であるのに、彼女は別格扱いで、ひと部屋をもらい、20数点を一挙に展示する、そのくらい才能を買われている。
そういう彼女も、今はまだそれほど名が知られていない。だからこちらの要求で、彼女のどの作品でも、比較的安いお金で使わせてもらえるだろう。しかし必ず世に出る人だから、そうなったら使いにくくなる、今使わない手はないのだと力説した。まったく実績のない人の絵を使う、こういうやり方はあまり常識的ではないから、宇山さんは半信半疑のようだったが、しかしどんな天才でも、最初は実績などないのだ。
大きなファイル・ブックを2冊抱えて駈けつけた桜子さんの作品を見て、宇山さんはかなり驚いたようだった。彼は、絵も音楽も解る人である。「これは誰にも似ていないな」と、空冷ポルシェに対するようなことを言い、「島田さんはどうですか?」と問うので、「彼女しかないと思う」とぼくは言った。それで即刻、彼女の絵を使うことが決まった。この企画は宇山さんが1人でやっているようなものだから、彼とぼくが気に入れば、即刻決定できるのだ。
表紙だけでなく、作中の挿入画も、すべて彼女の小品を使うことにした。ただ問題は、これらの小品は大半個展をやった際に買われてしまって、今人手に渡っている。けれど買っていった人のリストが、完全には残っていない。調査追跡して、逐一所有者の了解をとらなくてはならない。
しかしこれは、出版後に本を見た持ち主から、自分の絵が使用されているとクレームがもしついたなら、講談社が対処をしてくれるということになった。
今回のこの本は、ヴィジュアルの要素が大きいから、桜子さんには悪くないデビューになるであろう。その夜、彼女からメイルが入った。喫茶店を出てすぐ、使ってもらえることになったとお母さんに電話したら、泣いてしまったという。後で、帰宅してきたお父さんも、お母さんと一緒になって、泣いて喜んでくれたと書いてあった。
ぼくは驚いたが、そういうものかもしれないなあと思い、こちらも感動した。あとはコマ展でも作品が話題となり、画家石塚桜子が、うんと大きくなってくれたらいいと思う。
デジカメ日記 バックナンバー

Copyright 2000 Hara Shobo All Rights Reserved