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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第153回
島田荘司のデジカメ日記
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3−28(金)、ホテル・センチュリー・サザンタワーで鮎川賞の選考会。
鮎川賞の選考会のために帰国する。今年の選考会は、新宿のホテル・センチュリー・サザンタワーの19階にある、「ほり川」という和食店の個室で行われた。
ホテル・センチュリー・サザンタワーは、新宿の南口から歩道橋で甲州街道を越えた西側の岸にある。こちら岸に来たのははじめてで、眼下の線路を挟んで対岸の東岸には、以前に何度か来ている。ここは、東岸西岸ともに山手線や中央線を川に見たてて造られている。
かつて江戸は、身投げが非常に多い街だった。明治初頭の朝野新聞には警視庁の統計が載っていて、月に30人も土左衛門があり、いい加減うんざりだという記事があるらしい。みながうまく死んでいるものだから、自分もちょっと飛び込んで見ようという、気楽な調子の身投げが多いと記事は嘆いているそうだ。今自殺者の数は全国で日に80人、東京の数は知らないが、間違いなく増しているであろう。そして今の死者が飛び込むのは、都心の川ともいうべき電車の線路だ。
人間の脳は、外観で事物を分類記憶する機能があるのだと聞いたことがある。虎と机は同じ4足だから同じグループになる。そうなら、川も線路も同じ死に場所のグループなのだろう。ここへ来ると、そんなことを思い出す。

19階からの眺めはよい。昼食をとりながら選考という趣向だったが、個室の大型ガラスからは、晴天の陽を浴びる新宿御苑の緑が、気持ちよく望めた。
今年の候補作は、「玩弄迷宮」、「G・A・N・G」、「クリスマス・ミステリ」、「異本源氏、藤式部の書き侍りける物語」の4作だった。それぞれの性格を簡単に述べると、「玩弄迷宮」はコード型の本格。「G・A・N・G」はユーモア本格。「クリスマス・ミステリ」はファンタジー風味の本格。「異本源氏」は、名作「源氏物語」には、実は削除された一巻があったとする物語。そういうことを語る文献があるそうで、これに材を採って、削除までのドラマを中心に据え、ミステリーふうの物語としたものだった。
どれもそれぞれに面白く、バーを下げればどれを受賞作としてもいいと思えるし、ぐっと上げてしまえばみんな届かなくなる気もした。ぼくにはこの中の少なくとも3作はほとんど並んで感じられたので、今回はA、B、C、D、ではなく、10点満点で採点させてもらった。ごく僅差に感じ、A、B、Cでは差がつかなくなると思った。
長くなるので、評価の内訳までをここで詳しくは述べる気はないが、「玩弄迷宮」は、閉ざされた雪の山荘に集まった若者たちが、みんな同じものを食べ、同じものを飲んでいるのに、何故か1人だけが毒で死ぬ。誰が、どうやったのか、という謎。鮎川先生がいたら、案外これを最も評価したかもしれない。しかし定型の進行を持った器型本格を、「先の読めないミステリー」と作中者に言わせたり、これは毒殺よりもむしろ「**(作品の将来のために伏字とする)」のゲームであり、そういう構造の示し方がややアンフェアであること、この段取りでは登場人物たちに苦痛がまったくないのはやや不自然に思えたこと、などから押せなかった。
「G・A・N・G」は、ぼくには面白かった。しかし先のものと同じく、これでは服毒事故は起こらないのではといったことや、中段の一部、また着地に不満は残った。しかし修復できる類のもので、この人は書ける人と思う。東京創元社には、この作も拾って出版することを勧めた。
「クリスマス・ミステリ」は、サンタクロース専用の島が舞台というアイデアが、意表を突いていてよかった。しかし超人世界のファンタジーなのに、謎の作り方が人間世界の本格の類型を借りていることや、実によくあることだが、ニューヨークから始まる物語なのに、作中の男たちの会話が英語ふうの明るい感覚でなく、日本ふう威圧型ジョークなので、いささかの破綻を感じた。
「異本源氏、藤式部の書き侍りける物語」は、源氏物語に造詣のある限定された読者に向かって書かれており、よいアイデアであり、書かれるべくして書かれたものとは解ったが、源氏物語への知識が貧弱な自分には、論評の資格がないと感じた。
源氏の父の夫人藤壺と、息子源氏の密通、出産の件は、知識としては知っていたが、このあたりの詳細を記した「かかやく日の宮」という知られざる巻があるという説は知らなかった。しかし言われてみればありそうなことだし、そうなら、現れるべくした現れた小説だ。また、このようにして口語で会話する平安貴族たちの物語にして見せられると、源氏物語自体少数の仲間うちに向かって書かれ、しかもそのスキャンダル性で読者を吸引していた、現在でいえば同人誌のような性格を持っていたこともよく伝わる。
また定型の殺人などが起こらない世界も、当賞ではかえって意表を衝き、みやびで新鮮だった。あとは、専門筋にもこれが新鮮で、感心させる発想であるのかどうかが気になったが、知りようがないし、ある種の高級感、教養的な気配も気に入ったから、授賞に賛成することにした。
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