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島田荘司のデジカメ日記
第150回
島田荘司のデジカメ日記
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12−15(日)、インフィニティ、I-35。
LAで、ニッサン・インフィニティ、I-35という自動車に乗る機会があった。これは3.5リットルのまあ中型車で、トヨタのレクサス・シリーズと並んで、今や高級車のカテゴリーにあると思う。歴史のあるヨーロッパではまだ駄目だが、アメリカではBMWなどと並ぶブランドに育ちつつある。
これに乗ってみて、かなり驚いた。要するによいできの車だったからだが、スポーツカーではないのに、そう呼んでいいくらいに速い。そして静かだ。かつてのポルシェ924とか、944なら凌ぐくらいの加速は、充分に持っている。3.5リットルもあれば当然ともいえるが、こちらはセダンだから、この出足はなかなか驚異だった。
新型車の試乗から遠ざかったせいもある。また、期待していなかった気分というものも大きい。驚いた最大の理由は、以前さかんに車のエッセーを書いていた時代に主張していたことが、かなり実現されていたことだ。そして自分の見ていた場所も、それほど見当違いでなかったことを知って安心し、嬉しかった。そして、この車を作った者は日本人だなと感じた。自分と感覚が似ている。これがどんな理屈か、以下に少し書いてみようか。

ぼくはスポーツカーが大変好きだった。スピードの速い乗り物は何でも好きだったが、特に自動車は好きだった。これが速くなるためには馬力の高いエンジンを搭載する必要があり、これはガソリンを多く食うので、燃料タンクも大きくなり、そのため満タン時には重くなって、差し引きなかなか敏捷にならなかった。ターボ、ツインカム、エアサス、アクティヴ・サス、すべて同様で、速く走るためのこれらは、例外なく車体の重さも増し、これとのいたちごっこで車はそれほどの目覚しい変化は醸せず、まあそれが20世紀の車の進化というものだった。
かつてT型フォードが大ヒットし、車の歴史を変えた。この理由は大量生産で価格を引き下げたこともあるが、見落とされがちなものとして、この車には「ぬかるみ脱出装置」というものがついていたことがある。当時のアメリカは大半が田舎道で、車はしょっちゅうぬかるみにタイヤをとられて動けなくなった。こういう時、同乗者は降りて後ろから押し、運転者はさがっては前進、さがっては前進というふうに、車を前後に揺すってぬかるみを脱した。T型フォードには、これをスウィッチひとつで自動的にやってくれる装置が付いていた。これが、ヒットの理由のひとつになった。
現在は道の大半が舗装され、こういう装置は不要になった。ではもう現在の車は、これに類する装備は必要がないかというと、これがある。現代のぬかるみ、それが何かというと、渋滞である。現在のドライヴァーは、1億円の車を所有しても、渋滞からは逃れられない。じりじりと牛歩のような前進をさせられる時間が、程度の差こそあれ、毎日必ずある。
われわれは、スポーツカーはじめとする速い車が好きだ。これは趣味というばかりではなく、実際に速くないと仕事上間尺に合わなくなった。車の直進安定性は増し、安全に速く走れる道路状況も完備した。しかしこの速さを、先述の渋滞と向き合いながら、享受しなくてはならない。どうするか、クラッチ・ペダルの削除である。つまり、AT化を進める必要がある。重いクラッチ(本物のスポーツカーほど重いという約束事になっている)を踏んでのステック・シフトは、じりじり牛歩前進の渋滞時、世にも最悪である。どんな車好きでもこれは同じで、渋滞が好きという車好きにはまだお目にかかったことがない。長いほどにこれは拷問となり、そして今、この拷問の時間は着実に増しつつある。
ところがATというものはトルクコンバータが主流で、これは要するにオイルを介して回転を伝達するわけだから、ステック・シフトほどのダイレクト感は当然望めない。渋滞時にはATのクリープ機能は実にありがたい装備だが、高速走行時には、アクセルを踏み込んでおいてトルクが盛りあがってくるのを待つというような、恐ろしく悠長な感覚になってしまって、これはもうスポーツカーとは呼べない。ATでスポーツカーなどあり得ないというのが、自動車評論をやっていた頃のぼくの印象だった。しかし同時に、未来のスポーツカーはATで実現すべきだとも、あちこちで書いていた。ポルシェのティプトロニックなどはこれへのよい回答だったが、しかしこれもまだ、オイルの中でのスリップ感があって、満足にはほど遠いものだった。それが車の評論から離れて数年、なんの期待もなく、おじさんクルマと思ってインフィニティ、I-35に乗ったら、かなりぎょっとした。以前にぼくが考えていた21世紀のスポーツカー像にかなり迫ったフィールがあり、驚いたし、また嬉しくもあった。
I-35のATは、下からD、N、R、Pのあれではなく、下から1、2、3、と数字がある。そしてシフトのパターン・ゲージは、ベンツのような幾何学的なラインに切ってあって、スティックをこれに沿って動かす。すると1にはきちんと1のトルクがあり、2には2のやや薄まったトルクがある。3にはさらに薄く、そして安定した回転がある。ATながら、これは本物のトルクの変換感覚になっていた。
そしてもちろんクラッチ・レスである。これは、ロータリー・エンジンのマツダRX-7などに付いていた、「ホールド」のモードに近い。つまり、オイルの中で空転するあのダルな感じが最少にされている。トルクの密着伝達感、タイト感があるのだ。アクセルを少しゆるめる感じにしながら、シフトをアップしていく。するとなかなかに速い。ごく静かに、横の車を後方に置いていく。
シフトの溝が直線でないから、パターンを憶えれば、今何速にシフトを入れているかも解るはずだ。そしてここに敢えて書きたくなるほどに感心した理由は、この車にしかない動きがあったからで、それが何かというと、アクセルを閉めた時、つまりアクセル・ペダルを戻した時に、ぐぐっと減速する感じが来たことだ。AT車でこの敏感さは驚きだった。これまでに乗ったどんなAT車にも、ここまでの感覚はなかった。かすかな記憶だが、ジャガーの12発にこれと似た感覚がちょっとあったろうか。つまりはそのくらいに、これにはタイト感があったということだ。
これはもう充分にATのスポーツカーだと感じた。20世紀末に、ぼくなどがさかんに書いていたAT車でのスポーツカーが、充分に射程距離に入ったようだ。と同時に、これはなかなか万人向きではないAT車ができつつあるなとも感じた。アクセルペダルを戻し加減にすると、体がぴぴっと前にのめる感じが来るなど、あまりお年寄り向きではない。AT車は、動力伝達のいい加減さが、それほどに入れこんで走っていない人への許容性になって、快適さをもたらしてもいた。
結局のところ車好きというのは、万人向きでない車を操れることが最大の喜びなのであろうが、それにしても日本車は大したものだと思った。ゴーン新社長の、これも手腕なのかもしれないが、ぼくが車から離れている間に、日本車は、他国の車以上に、はっきりと体感できる進化をとげていた。
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