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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第149回
島田荘司のデジカメ日記
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12−9(月)、雪の井の頭公園。
テレビの天気予報が、明日の東京は雪になる、積もるでしょうと言ったから、かなり驚いた。まさかと思い、一瞬半信半疑になったが、玉虫色のコメントではなく、降る、積もる、とはっきり言ったので、よほど自信があるのだろうと考えた。
翌日起きてみたら、予報通り、家の周囲は真っ白くなっていたから感心した。自動車の走る道には積もらず、走らない路地は白い。この日は原書房の新刊、「セントニコラスのダイヤモンドの靴」にサインをする約束になっていた。都内のいくつか書店の店頭に積む何冊かは、サイン本にしたいということらしい。
午後、雪はまだやんでいなかったから、傘をさして表に出た。滑らないように気をつけて坂道を歩き、いつもの階段をくだったら、井の頭公園は別世界だった。12月からこんなに積もるのは珍しい。天気予報もそんなふうに言っていた。
雪は、葉を付けた木々と相性がよい。車の入らない井の頭公園は、白一色の別天地だ。雪が覆うと、通りがかりのいつもの場所も、長い列車の旅でもしてきたように感じられる。逆にいえば、情緒のある北の街も、雪のない夏に訪れれば、アルミ・サッシの窓枠や、合板の壁が驚くほどにみすぼらしい、ごく普通の田舎町で驚く。雪と、いってみればその中を歩く辛さが、あの情緒を引き出していた。雪のたそがれ時、ほうほうのていでガラスの曇った宿屋に帰りつき、暖かいお茶を飲む一瞬、雪の、特有の匂いを感じる。旅から帰れば、感慨はさらに強くなる。それが雪だ。子供心をときめかせてくれたメルヘンの数々、それはデンマーク産であり、ノルウェーの森からであり、ロシアから来たものだった。雪には物語を創りだす魔力があるのだ。
ここでも人が歩く石敷きの場所は雪が薄く、木立のある左右は雪が厚い。七井橋にかかると、ここは人通りがあるから足もとは黒く石がすける。ふと見ると、池の彼方に立つゴジラも、しきりに舞う雪の中で灰色になり、寒そうだ。もうずいぶん葉を落したが、しかしまだゴジラに見えている。
橋沿いの島に作られた小さな鳥の家にも、白く雪が載って、手前を泳ぐ鳥たちもやや元気がない。公園を抜け、公園通りへの石段をあがり、いつものビルの街に近づくと、不思議だ。雪はまだ舞いつづけているのに、視界から雪はみるみる消える。人工の石の建物に、雪は載らない。相性が悪いのだ。人いきれが埋める道からも雪は熔けていき、あたりは黒く濡れる。都市は、その特有の熱気で雪を溶かしてしまうのだ。それは、物語を紡ぐ夢も溶かす、現実の力だ。
マルイの前の車が行き交う車道、そして人の靴で埋まる吉祥寺南口の駅前は、いつもより少し寒いというだけの、もう普段の景色になった。井の頭公園にだけ現れた、つかの間の雪の国だった。童話作家なら、こんな材料からどんなメルヘンを紡ぐだろう。

ルノアールには、I毛編集者と営業部の若者2人が、紙袋にたくさん「セントニコラスのダイヤモンドの靴」を入れて、ぼくを待っていた。店内は、いつもより少し湿気を感じた。
席につき、初対面の挨拶をして、熱い紅茶を飲んでから、急いでサインをした。そうしたら彼らは、雪に濡れないように袋の中の本に丁寧に厚紙を載せ、左右を折って少しくるむようにしてから、中央線に乗って神田などの書店に散っていった。
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