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島田荘司のデジカメ日記
第146回
島田荘司のデジカメ日記
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12−3(火)、浜松町、上海薗林ミーティング、
秋好弁護団の1人、安部尚志先生が、12月3日の日弁連全国人権委員会長会議出席のため、上京するということなので、OTPのメンバーを安部弁護士に紹介するための、顔合わせミーティングを持つことにした。堀弁護士には会った人がいるが、安部弁護士にはぼくとA井さん、南雲さん以外では会った人がいない。
しかし安部弁護士は、この日の最終の飛行機で福岡に戻らなくてはならない。だからあまり遅くまでは話せないが、浜松町での集まりなら、午後の7時くらいまでつき合える。そこでミーティングの会場は、浜松町にした。
しかし、午後の早い時間から始めるというわけにはいかない。安部弁護士の会議は午後4時までかかる。また村ドンさんは、会社勤務が5時まである。金田さんも、午後4時半くらいまで三軒茶屋でミーティングという話だった。だから集合は5時を目標とはするが、会社勤務を持つ人など5時に間に合わない人は、できるだけ早くに駈けつけるという手筈にした。
光文社のA井さんが、浜松町の中華料理屋、「上海薗林」の個室を5時から8時まで押さえてくれた。ここに集まるメンバーは、南雲堂のN雲社長、光文社A井さん、岩波書店から清宮さん、OTPから村ドンさん、竹ぶんさん、イーディさんは急な用事が入り欠席、金田賢一さん、そして金田さんは、大事な仕事上のパートナー、鴻(おおとり)さんという若い友人を伴うという連絡が入った。自分にとって、石岡さんのような人だということだった。岩波明先生はまだドイツなので、今回は出席できない。彼は来年の1月に帰国という予定になっている。
ミーティングの目的は、とりあえず顔合わせということが第1だが、安部弁護士からのこれまでの経過説明を聞き、OTPとして何ができるかを話し合えれば、とぼくは考えた。
安部先生、A井さん、N雲さん、清宮さん、竹ぶんさん、それにぼくが集まり、少し遅れて村ドンさんが登場。金田さんも、乾杯に少し遅れて現れた。若い鴻さんは大変ハンサムな青年だったので、てっきり俳優だろうと思ったら、そうではなくギタリストだということだった。アイドルは誰になりますかとぼくが訊くと、チャーさんかなー、ということだった。
金田さんは、ホーム・ヘルパーの資格獲得のため、講習を受けているのだという。そして今、実際に老人ホームを訪れて、痴呆の老人などの慰問をしているのだそうだ。どんなことをするかというと、たとえば金田さんが物語を朗読して、鴻さんが隣でギターを弾く。ゆったりした朗読の時はゆったりとした音楽を奏でるが、緊張して駈けだすような場面では、即興で激しい演奏をする。
大変よいことだと思う。老人の孤立、卒中、鬱病、家庭内介護と人間関係の問題、そして老人の自殺が社会問題となっている昨今、金田さんのような顔をよく知る有名人が身近に来てくれたら、みなどんなにか嬉しいことだろう。あれこれ言っても、有名人を身近にする機会というものは、そうそうはない。

安部弁護士が、法律専門家の立場から、これまでの経過を簡単に説明してくれて、血染めのシャツが戻ったので、近く会見する予定の、法医学のO先生の協力には大変期待していると話された。これにはぼくも同意であるが、そうなるとたちまち問題となるのが再鑑定の費用である。OTPは、いよいよ寄付金募集の段階に入る必要があるだろう。
トップピジョンの上着に関して、ぼくが説明した。今この出所を特定することができれば、富江はかつて「トップピジョンの上着」という偽物まで用意して、TY化学から自分に支給された2着の上着は、2着とも手もとにあると明言したわけだから、今「トップピジョンの上着」の出所をこちらが明確につきとめ、よってこれはTY化学支給のものではないと立証ができるなら、富江は法廷偽証罪を恐れて、あれは実は偽物でしたとは今更言えない。本物であったと言い張るほかはなくなるから、大きく追い込まれる展開も予想される。そうなら、血染めシャツの再鑑定にも負けないくらいに、この上着探求が重要になる可能性があると話した。
またこれまでの展開ですこぶるまずかったことは、TY化学が、「過去トップピジョンと胸に縫い取りのある上着を従業員に支給した事実はない」と明言し、弁護団がこの証言を書面化したにもかかわらず、充分に戦力となり得るはずのこれを、事実関係の洗い直しはしないことが原則の、最高裁の段階で出していることである。これはこの証言を、再審請求時点での新証拠ではなくしてしまった、というくらいの効果しかない。この重大事実が、事実認定の狭間にぽんと落ち込んでしまった。
しかしあの時点で、この事実が解ったのに、最高裁ではこれは出さずに温存し、再審請求の際の隠し弾にしようなどとは、誰にも決意はできなかった。無駄かと恐れても、やはり出すほかはなかったろう。いずれにしてもこのTY化学の証言は、今後補強して、再度書面化する価値があると思っている。この重大事が、これまであまりにも効果を発揮していない。この点を、安部弁護士にお願いしておいた。

それからOTPとしては、デザイナーのイーディさんが中心になり、金糸で刺繍された「Top Pigeon」という胸のロゴマークを図示し、この上着の重要性を言葉でしっかりと説明した印刷物を作って、九州の久留米や日田、熊本、福岡などの繁華街の、昭和51年には営業していた古着屋、既製服小売りの商店に配布する計画を持っていることを話した。これは富江が、逡巡の挙句、TY化学支給の上着の偽物を法廷に提出するほかはない決意をした際、もしも彼女が単独でこれを調達したとするなら、似た紺色作業着を探して当時立ち廻ったであろう店、という考え方からである。彼女単独の行動なら、それほど遠くには行けていない可能性もある。
最近の調査で、当時の既製作業服には、慣例として「通産省・通しナンバー」というものが打たれていたことが解った。このコードナンバーさえ判明すれば、たちどころに出所が特定できる便利なもののようだが、これは上着の襟、首の後部が当たる部分に、両端を縫い留められた布テープのようなかたちで付いていた材質表示、「ポリエステル65%、レーヨン35%」と書かれたラベルの、「裏面」に書かれていたようである。
したがってこれを読むなら、このテープをつまんで持ちあげ、ぐいと裏返して裏を読むことをしないと、普段は見えない。裁判所にもそのような知識はなかったから、このコード・ナンバーは、上着の特徴を記した書面にも書きとめられていない。この点、大いに期待しただけに、大変残念な結果だった。そういう事情なので、このトップピジョンの上着の出所つきとめには、手早い方法はもう存在しない。ゆえに、印刷物配布という考え方になった。
この上着はどうしたでしょうねと安部弁護士に訊くと、一審の時点であり、高木先生が担当されていた頃だが、裁判所はすぐに富江に返却したでしょうと彼は言った。そうなら富江は、あとあとの面倒を恐れて、すぐに処分した可能性はある。
それからぼくがこの「Top Pigeon」のロゴマークを拡大して子細に見ていて、「Top」の「p」が見えにくいと感じたことも話した。つまり「To Pigeon」と書かれている可能性もある。これは「Top」の語尾の「P」と、「Pigeon」の語頭の「P」とを、ひとつの文字で兼ねさせている可能性があるということである。そんな話もした。

これからの活動は、この上着を探すこと、そしてシャツの血液痕の再鑑定を行うこと、というのが2本の柱だが、最もありがたい展開は、富江が事実を述べてくれることである。そうなら高額の報酬を用意すれば、この不況のおりであるから、現在の夫が富江を説得するというような展開は期待できないか、とN雲社長が言った。これにはむろんいくつか条件がある。まずは富江の時効が確実に成立していなくてはならない。そして彼女の夫が、おりからの不況で職を失うなどして、非常に金に困っていなくてはならない。夜逃げするほど借金がかさむなどしていれば、さらによい。
まず公訴時効は成立しているはずである。これは時効停止の条件を考える必要がある。外国に出ていれば、その間の時効の進行は停止する。これはないはずである。あとは係争中、つまり裁判の期間はこれが停止する。しかしもう事件から26年が経過している。きちんと計算してはいないが、裁判の期間は10年くらいであったと思うから、まず大丈夫であろう。しかし、まだ民事の時効が残っている可能性はある。
富江の夫の職の、現在の様子を調べるのは骨であるし、またそういうことなら、数百万円は最低用意の必要があろう。この費用の捻出が大問題である。経営者らしい名案ではあるが、なかなか実現は困難であるように思う。
とまあ、こういった内容のミーティングであった。
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