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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第136回
島田荘司のデジカメ日記
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11−5(火)、吉祥寺、トック・ブランシェでお食事会。
池波志乃さんを招いて、原書房の主宰でお食事会をした。主だった理由は、スウェーデン、ウプサラ大に留学していた松本太郎先生に、「ミタライ・カフェ」製作のおりには大変お世話になったから、そのお礼をしようということだった。この本の冒頭にあるウプサラの美しい写真群は、松本先生自身がこの本のために撮り、送ってくださったものだ。
松本さんは、今は帰国して、日大の医学部に勤務している。通常の内科医としての仕事をしているのだが、大学では人間ドックもあるし、知り合いとしての特別待遇にもできるので、よろしければ体のチェックをしにいらしてくださいと言ってもらえた。しかし日大は人気があるので、大変に混み合っているらしい。
松本先生は、ウプサラ大では血管新生の研究チームにいた。この内容を簡単にいうと、生物の血管というものが、どのようなプロセスを経て新生されるのか、これをつきとめる研究である。最近、血管新生に関与する蛋白質が次々に発見され、ついにVEGFレセプターいうものの発現が、血管の新生に大きく関わっているらしいことがつきとめられた。
すなわち、このVEGFレセプターの発現さえブロックすれば、血管の新生は止められるということである。何故そんな必要があるかというと、悪性のガンや腫瘍は、その生育のため、通常の細胞以上に酸素や栄養分を必要とし、ために内部に多くの血管組織を作ることが知られている。ということは、ガンや腫瘍を大きくしないためには、その内部にできるはずの血管新生さえブロックすればよい、そうなら腫瘍は成長できないという理屈になる。現在ウプサラ大では、このブロックのための薬がすでに開発され、治験の段階に入っている。この薬は副作用もないから、すなわち成功すれば、副作用のまったくない、新しい発想の抗癌剤が生まれることになる。これは画期的な発見と発明で、完成すればノーベル賞も夢ではない。
この食事会は、松本先生にこの薬の話を聞きたいということもあった。何故なら、原書房のお馴染みT橋氏が、胸腺に腫瘍ができ、これを切除しようとしたら、予想通り内部に豊富な血管組織があって、メスを入れると出血が大量になりそうだったから、手術を断念したという経緯があるからだ。まさにT橋氏にあつらえたような研究であり、成果であったから、彼のケースにも有効であるかどうかを訊きたかった。
そしてもうひとつは、彼の腫瘍のように、血管組織をすでに作り終え、大きくなってしまっているようなケースにおいても、新薬で小さくできるのかという疑問もあった。
結果は、充分有望ではあるということだが、これまでの実験では、肝心の新薬が、まだすべての腫瘍の血管新生をプロックできていない。投与してみて、利くケースと利かないケースとがあるという。まだその段階らしく、これがどうやら現実らしい。T橋氏の場合、前例があまりない珍しいケースで、誰にもはっきりしたことが言えない。けれどももっか進行が止まっているふうなので、これは幸いだ、望みは充分にあると考えられる。
もっともそのT橋氏、今は東洋医学にぞっこん入れ込んでいて、治すつもりがない。もともと彼は、何かに徹底してのめり込むタイプなので、今は東洋医学の教え通り、できた以上腫瘍も体に必要なものだから、これと一緒に生きるのだと宣言して、全然落ち込む気配がない。これはまあよいことだが、この日も、ちょっと洒落たフランス料理屋で会ったものだから、ぼくの顔を見るなり開口1番、「先生、しばらく会わないうちに、こんな立派な店で食事するようになったんですか? 出世しましたねー。前はカレイの甘酢あんかけの一番か、大戸屋だったじゃないですか」と憎まれ口をきいていた。ぼくはぐっと言葉に詰まった。実は今でも一番や大戸屋でうろうろしているからである。こんな店に来ることなど滅多にない。どうもぼくは、ピカソの絵ではないが、特に食事に関しては、成長、向上という概念がない。これは先天的に欠如しているらしくて、いい歳してこれでいけないとか、恥ずかしい、と発想する脳の中枢が欠損しているらしい。未だ、大学生の頃と変わらない店で食事をしている。ぼくは食事など、定食屋があればそれで充分なのである。

とまあいうようなことはさておき、そんなことだから、列席者は原書房組のT橋氏とI毛氏、それからおなじみ光文社のスーパースター、A井氏、そして松本先生。彼ら原書房組と、それから松本先生に引き合わせるために、東大精神科医の岩波先生も呼んでおいた。最後に池波志乃さん、そしてぼくという組み合わせである。
池波さん、A井さん、岩波さんにぼくは、事前にパルコ1階のカフェで待ち合わせた。志乃さんは、たまたまこの日、中尾彬さんが成城学園の国際放映に打ち合わせで来ることがあったから、車で送ってもらったのだそうである。パルコのカフェには中尾さんも入って、しばしぼくを待ってくれていたそうだが、時間になったのでもう行ってしまった。だからすれ違いで、この日は会えなかった。残念なことである。
岩波先生を紹介すると、予想よりお若いという志乃さんの感想であった。そしてこの日、ちょっと画期的な話を、岩波さんとA井さんが持ってきた。彼らの東大の学友で、今は岩波書店の編集者になっている清宮さんという女性が、岩波さん、A井さんがぼくの友人と聞いて、ぼくに岩波書店の雑誌「世界」で連載をして欲しいと2人に頼んできたのだそうだ。お堅いので聞こえた雑誌「世界」で、ミステリーの連載をしてもいいのですかと問うと、もちろんそれがいいけれど、司法の問題、日本人論、自殺の問題、経済のこと、戦争論、なんでもいいという。そうなら、今岩波さんたちとMLでさんざんやり取りをしている冤罪の問題、自殺の問題あたりを、岩波さんと対談するのもいいなと考えた。これは後でゆっくり考えることにする。
パルコを出て、ぼくが先導してトック・ブランシェまで行った。これはごく小さなフランス料理の店で、SSKのオフ会などはできないくらいに狭い。しかし味はとてもいい。センスもよい。ワインで乾杯して、シェフおまかせのコースにする。これがいつもはずれがない。
皿のぐるりに、絵画のように美しく食材が並べられた前菜からスタートし、スープ、季節の野菜、魚、肉、まんべんなく網羅されて、本格的だ。志乃さんも、これはおいしいと何度も感心していた。フランス仕込みなのだろうが、これに加えて、日本的な色彩感覚がある。吉祥寺の裏町に、よくこんな料理屋があったものだ。

食事を終えると、近くの東急ホテルのバーに移動し、カクテルを飲みながら歓談した。志乃さんが、ぼくもよく知っている評論家の新保博久氏と、ゴールデン街で朝まで飲んでいて火遊びと間違えられ、例の悪名高いスキャンダル雑誌、「噂の真相」にかんぐりを書かれた話など、特に面白かった。この雑誌にはみんな嘘を書かれ、大変迷惑している。
岩波先生とは、建設が進んでいる新サイト、OTPの話をした。OTPはサイト名というだけでなく、支援活動の団体名も兼ねる予定だ。冤罪の支援活動にはお金がかかる。再鑑定の費用が高いからだ。これをどうするかというのが、もっかのわれわれの悩みだ。
アメリカには、ドネイション(寄付)の慣習が定着しているので、どんな活動にも一般からの寄付が期待できる。これは教会への寄付という習慣ゆえもあるが、アメリカには現金封筒というものがない。みな銀行にチェッキング・アカウントを持っていて、支払いに郵送が必要なものは、チェック(小切手)を切って、これを封筒に入れて送る。これならたとえ盗難にあっても引き落としを留められる。電気代、水道代、ガーディナー、アメリカ人は毎月1度、これらのチェックを書いて郵送している。こういう時、必要な寄付も、ついでに書く。だから寄付が割合取れる。
しかし日本ではなかなかそうはいかない。寄付など金持ちがやることという意識がまだまだ根強いし、振り込みとなると、わざわざ銀行まで出向かなくてはならない。まして冤罪など、誰にとっても他人事だ。動物愛護やアフガン難民への寄付とは違う。
しかし、ともかく楽しい吉祥寺の夜だった。
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