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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第135回
島田荘司のデジカメ日記
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10−30(水)、光文社、シェラザード財団ミステリー文学新人賞の審査会。
例年通り、新橋の第1ホテルで審査会が行われた。そこで、この前日の29日に帰国した。これの選考委員を勤めるのは今年が最後だ。選考委員は赤川次郎さん、大沢在昌さん、夏樹静子さんにぼくという4人だった。夏樹さんとぼくは今年が4年目で、今回で任期切れとなる。会の進行役はカッパノベルス新編集長の渡辺氏だが、副司会者としてお馴染みA井氏がすわっていたから、ぼくにとっては、なんとなく緊張感がない。
今回は、ぼくがこの賞の選考委員になって以来、最も充実していたといえる。暴力型冒険小説2編と、洒脱な青春推理1編という組み合わせで、そのどれもが、それぞれの属するジャンルで一線級の達成を持っていた。先の2編に関しては、事件を何作分も積み重ね、構成を徹底して凝って、濃い仕上がりとしたものだったし、最後のものは、占い師の蘊畜や思考を物語の中心に据えるという、それ自体、目新しい小説の作法を持っていた。

鏡像       河野達哉
洒脱な青春小説ふうミステリーというものがこれで、ぼくは最後まで面白く読めた。とげとげしい暴力小説、やくざ口調の威圧小説が多い中にあって、もの柔らかな口調によるこの作品は、一服の知的清涼剤的な効能があり、その意味でも心地がよかった。個人的には、この作品を最も押したい気がしていた。
しかし本格の推理ものとして見れば、構成や手続きにいささかゆるいものがあるのも確かで、この点を突かれたら庇いきれない気もした。果たして、そういう意見が多く出た。ぼくは赤川次郎さんの作風と共通する空気を感じていたので、彼の加勢に期待したのだが、赤川さんの出した点数が最も低く、これで当作の運命は決まった。大沢氏は、この作品が2番目の評価だった。
やはりこの作者は青春小説の書き手であって、犯罪小説の緊迫感演出は、方角違いなのだろうかとも感じた。しかし上手な書き手であることは明らかであり、作品が発する柔らかな空気は大変魅力的だった。今後に期待したいと思う。

蘭とはただ散りゆくもの       横山仁
前作「戦火いまだやまず」に終始現れていた、ど演歌的、かつ誇大妄想的な男の美学パターンが、今作では影をひそめ、しっとりとした味わいを読ませる書き手に変身していたから、大いに期待した。
ハードボイルド作品とは似て非なるもので、人探しの私立探偵小説という定型の器を使いながら、息子への父の情愛といった日本型の要素を取り込んで、この部分ではよく成功していた。
この作は、赤川さん、夏樹静子さんの高い得点を集めた。夏樹さんなどは、この作品が内包した、拉致問題を含む北朝鮮の情報性に強く心を動かされていて、この作品こそは時代に意義深いものとして押した。しかしよど号以来、ずっとこの問題を追っていたぼくなどには、この作者はこれを物語の一要素として軽く取り入れた、といった程度の意識しか感じられず、そういうものを、拉致騒ぎのただ中に受賞作として出すのは、当賞の将来のためによくないと感じた。今ではお昼のワイドショーの方が、この作品以上の北朝鮮情報を提供している。ある意味で不運なことだが、拉致家族が帰還し、ここまで日本で北朝鮮の事情開示が進むとは、応募の時点では誰も予想しなかった。
とはいえ、国際情勢のノンフィクション・レポートではないのだから、物語の展開が創造的で面白ければ何も問題はない。しかし、その部分にこそ多くの破綻が見られるように思われて、2人に賛成することはむずかしかった。しかし熱気のある上手な人なので、他の候補作の水準が低ければ、これが受賞にも届いたろう。今年は他作のできがよかった。

日出づる国のアリス       藍川暁
血と暴力と、威圧の罵声に彩られた格好いい男の小説、これもそういう傾向の作品だが、そういう中にあってこれは上質であり、知的で、気も利いていた。
この小説は、ひと言で言うと、幼児売春世界にいたアリスという9歳の少女の魅力にまいってしまい、命を賭けることになる男の話だが、最も気になったのは、この物語はあきらかに白人世界のものということだった。白人種の子供なら、9歳時に最も顔の完成した美人は存在するし、性器の公開が合法の欧米においては、それ故未成年の性の公開は刑事犯罪であり、よって幼い性を売り買いする闇の商売が、非常な高値を呼ぶという事情がある。日本はこのあたりの規制が、法的にも宗教的にもすこぶるあいまいだし、東洋人の子供は、幼時期にはさほどの色気がないので、どうにも展開に無理があるように感じた。
こういう事情を斟酌せず、無思慮に欧米型の犯罪を日本に持ち込んでいるふうに思われ、だんだんに作中の随所に不満を感じた。後半にいたると、これまでに数多い、ハリウッド映画+劇画という例年の候補作のパターンに、上手と見えた当作もあっさり加わってしまった。
この作品は、大沢在昌氏が最も高得点を入れ、強く押していた。ぼくはこの作が2番目の評価だった。赤川さんは、作中幼児を殺すシーンがあって、これに嫌悪感を抱いて評価が低かった。ぼくとしても、日本ではあまりに現実性のないガン・ファイティングや、徹底した血の惨劇等に疑問を感じてはいたが、これはそういうジャンルのものなのだと言われて、ああそうなのかと思った。このジャンルには、日頃あまり馴染みがない。かなり長時間の議論になったが、この作品は絶対に売れるという大沢さんの言葉を信じて、受賞に賛成することにした。
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