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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第121回
島田荘司のデジカメ日記
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5−4(土)、The Valley of the Doll's House.
友人のロスとシカ・マッケンジー夫妻が、ノースハリウッドのマグノリア・ブールヴァードにある、ホイットモア・リンドレィ・シアター・センターで、「ザ・ヴァリー・オブ・ザ・ドルズ・ハウス」という芝居をやるというから、観にいった。これはイプセンの有名な作品、「人形の家」をロスがアレンジし、演出したものだ。
出演は、自作自演のロス・マッケンジー、奥さんのシカさん、桜井みゆきさん、トム・ハタナカ氏という4人。マッケンジー夫妻は今、ぼくの「占星術殺人事件」を英訳してくれているが、そんな忙しい合間を縫いながら、こうして本業の芝居をやっている。
8時からの夜の部に行ったので、マグノリア・ブールヴァードは真っ暗だった。しかし、劇場には珍しくパーキングがなく、車は路上に止めるしかなかった。路上に駐車しても、日本のように駐車違反のステッカーを貼られる危険はまずないし、貼られても罰金だけで点数は減らない。しかし周囲に民家の窓が少なく、しかも暗いと、盗難の危険がある。
劇場はごく小さなもので、狭いロビーには、以前ぼくがロスについて書いた、雑誌ダ・ヴィンチの記事のコピーが貼られていた。観客席に入ると、席はごくわずかで、演劇学校のリハーサル室のようだった。たぶん、演劇学生などが気軽に利用する小劇場なのであろう。芝居は、イプセンのものから骨組だけをいただいたというふうの作品で、70年代に、同名のハリウッド映画があったのだそうだ。ロスの戯曲は、この映画も踏まえて書かれているようだ。もっと遡ると、わが早川雪洲氏の出世作、白黒無声映画の「チート」も、この「人形の家」からモチーフを取っているらしい。ハリウッドの演技人は、何故か「人形の家」が好みらしい。
ロスのタイトルは、直訳すれば「人形の家の谷」となりそうだが、ヴァリーは谷ではなく、LAなどに見るヴァリー地区のことであろう。これは東京で言うと「山の手」に感覚が近く、だから「ヴァリー・ガール」というと、山の手のお嬢さんということになって、育ちがよく、すれていず、男の子たちの憧れとなる。
芝居のストーリーは、ある夫婦が暮らす家に、奥さんの女友達が訪ねてきて、そのたびに何かなくなる。またこの奥さんは、かつて麻薬をやっていたり、悪い男に借金をしているという、夫の知らない秘密があって、この悪人が金の取り立てに、夫の留守中家を訪ねてきたりする。
見どころは、真面目な亭主と、借金を取り立てにくる悪人を、ロスが1人で演じることである。前者は黒髪の鬘をかぶり、日本人サラリーマンのように生真面目にふるまう。彼は最近日に日に日本人化して、猫背気味で立っていたりすると、遠目には日本人に見える。一方悪人の方は自前の金髪(正確には自前はライト・ブラウン)で、ポンチョを肩にしたメキシカンふう、この時は英語も、ドイツ語なまりに変えて演じる。
余談だが、以前ロスと、ビートルズのリヴァプール訛りの話になった時、彼が見事にこれを演じてみせたのには驚いた。発声を鼻にかけて、うまくジョン・レノンふうの話し方をする。さらにはスコットランド訛り、ドイツ語訛り、オーストラリアふう、東海岸ふう、自由自在なのにはすっかり感心した。西海岸ふうも満足にいかないぼくなどには憧れだが、まあロスは英語人だから、われわれが大阪弁、東北弁をやってみせるようなものなのであろう。

さてこの夜の芝居は、日本びいきのロスのことだから、英語・日本語半々で演じられる。シカさんは英語が得意の日本人なので、英語・日本語双方楽々だが、ロスは英語で、時おり怪しげな日本語を口走る。正確には悪人になって桜井さんと話す時は、すべて大阪弁でやろうとしているらしい。しかしあまり日本語に聞こえない。これを笑って観ていたら、悪人になった時にふと見ると、上着の下に彼は、以前ぼくがあげた「季刊島田荘司Tシャツ」を着ているではないか! これはぼくに対する、彼の内輪のジョークなのであろう。
桜井さんはほとんど日本語のみ、ハタナカ氏はほとんど英語のみの芝居で、このおそろしく距離の遠い2つの言語が、舞台上ではなかなか無理なく溶け合っていた。桜井さんの日本語が、関西訛りのせいもある。われわれのような日系人には、大変楽しめる趣向の舞台だった。
芝居が終ってロビーに出ていたら、3人がやってきた。シカさんが頑張っていたから、「熱演でしたね、ほとんど1人芝居みたいでしたよ」と言った。桜井さんにも「とてもよかったですよ」と言ったら、「本当ですかぁ?」と彼女は言った。後で聞くと、彼女は熱があったのに、押して頑張ったのだそうだ。
ロスには、「いやぁ素晴らしかったよ、感心した。2つのキャラクターがパーフェクトリィに現われたね」などとくどくど言っていたら、「ヤ、ヤ、ヤ……」とこっちを遮るように言う。そして「ウォーミング・アップだよ、ウォーミング・アップ」と言った。彼としては、こんなに客の入りがない状態で、不本意なのであろう。
しかし、契約書だかを、とっさにお尻に隠すという場面があり、これはみなを笑わせながら、非常にうまく演じていた。やはり彼の演技人としての才能は本物だと思う。
パンフレットには、収益はアフガニスタンの子供の基金に寄付されるとあった。そして騒動を起こした劇団名「J.A.P.」はよして、以前に彼が使っていた「Global Fusion」に戻している。彼はヴェトナム戦争とヒッピーの時代を知る世代だ。あの時代、彼はアメリカに不信感を抱いてイギリスにいた。今は対アフガニスタンと、イラク戦の時代である。彼はアメリカの歴史とともに芝居をしている。頑張って欲しいと思う。
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