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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第119回
島田荘司のデジカメ日記
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3−13(水)、漫画家の次原隆二さんと、横浜にEVに乗りにいく。
漫画家の次原隆二さんと、横浜まで「ドライヴ対談」をすることになった。次原さんは、現在新潮社の「週刊コミック・パンチ」に、「251」という自動車の漫画を連載されている。これは車好きの男の子のための漫画で、吉祥寺ふうの街でレストアのガレージを開いている、里美夢次郎という天才メカニック爺さんの話である。レストアというのは、ぞっこん愛しているがもう古くなった愛車とか、あるいは惚れ抜いている名車をぼろぼろの中古車群から見つけたというような時、これを新品同様によみがえらせてくれる仕事のことである。「251(ニコイチ)」というのはメカニックの隠語で、二台の車のよいパーツを組み合わせ、1台にすることだ。
単行本になった次原さんの「251」には、好きな車がどんどん出てくるし、車が精密に、丁寧に描き込まれているからぼくも大変好きである。この次原さんとぼくを対談させたいというのはMatthewさんのアイデアで、彼や007号は、次原さんの漫画を読んで育った世代だ。だからこの話を聞きつけた007氏は、いつもの冷静沈着が吹き飛び、「何?! ぼくも絶対連れていけ!」。と血相を変えてMatthewさんを脅したそうである。
この日の計画は、まずはぼくのポルシェ911で次原さんと2人横浜までドライヴする。道中の会話はすっかり録音し、あとで対談として発表する。横浜ではEVに試乗し、現在これがどんなあたりまで進化しているかをみなで体感する。みなとみらいでは、現在「ITS/EV、シティカー・システム」という実験を行っている。これはネット・サーフィンをしていて、偶然ぼくが見つけた。マスコミとか有志には、EVの貸し出し試乗も歓迎しいている。
それから狛江まで戻ってきて、山田さんという、ぼくの友人のメカニックのガレージを訪ね、工場を見学して、その2階で、山田さん親子を交えて自動車の座談会をする、そんな計画だった。
吉祥寺の仕事場で007号やMatthewさんと待っていると、次原さんがマネージャー氏を伴い、徒歩で現れた。次原さんの仕事場も、吉祥寺にあるのだ。だから251の世界も、架空の街だが、どことなく吉祥寺を思わせる。次原さんはもの静かで、大変人柄のよい紳士であった。ポルシェにおさまり、2+2の狭い後部座席に、テープデッキを抱えてMatthewさんがなんとかおさまり、運転席のぼくと、助手席の次原さんとの間にマイクを差し出す。こうして、横浜までの会話をすっかり録音しようという計画だ。マネージャー氏は、007号がハンドルを握る黒のゴルフにおさまって、後を追ってくるという段取りになった。
得意の抜け道を駆使し、第3京浜に向かう。空冷の911はエンジン音が大きいので、はたしてどの程度録音ができているかは不明である。前から思っているのだが、251に登場する里美氏は、以前にここでも紹介した宮谷一彦という漫画家に風貌が似ている。そこで次原さんに宮谷氏について尋ねると、ご存じないという返事である。宮谷氏も車の絵を描かせたら、当時では並ぶ者がなかった。彼も吉祥寺の近く、三鷹市に住んでいて、吉祥寺のジャズ喫茶ファンキーなどが作品によく登場していた。しかし、もう現役の人は彼の名を知らない。時代だなと思う。
次原氏は、車は大好きだがかっ飛び行為にはまったく興味がなく(むろん作中には描くが)、得意で詳しい分野は、むしろ国産車だという。そしてご自身、整備士の資格も持っているということだった。大変インテリで、話しているのは楽しかった。自分のアシスタントに島田さんのファンがいるので、是非今度会いにきてやってくださいと言われた。
第3京浜に入ったので、セカンドで目いっぱい引っ張り、回転をあわせてサードへ、少し本気気味に加速してみる。90年型の911はもう古くなったが、レスポンスや、セカンドの伸びは健在だ。3人も乗っていて重いが、フラット6は吠えたて、走行車線にいる車たちを後方に置いていく。007号のゴルフが迷子になってはいけないから、すぐにアクセルをゆるめた。そうしたら、ぐんぐん追いついてきて、横を抜いていった。
みなとみらいに入り、ワールド・ポーターズ裏の駐車場に止め、まずは馬車道のポニーにランチをしに行く。ああ背中が痛いとMatthewさんが言っていた。大きいテーブルにみなで席を占めたら、なんと、あの性格のよいおばちゃんに「島田先生でしょう」と声をかけられる。しばらく行かない間に、御手洗さんやぼくが、ポニーですっかり有名になっている。これはやはり、嬉しいことではある。注文はもちろんエビフライにした。しかしここのおばちゃんは本当によい人だ。「好感度レストランおばちゃん・ベストテン」などという企画があったら、文句なくイチ押しだ。
それからみなとみらいまで戻り、クィーンズ・スクエア内にある「ITS/EVシティカー・システム・プロジェクト室」を訪ねる。高山さんというスタッフが、われわれの相手をしてくれる。どうやら彼は、ニッサンから出向してきているようだ。したがってEVも、当然ニッサン製のハイパーミニ。これはガソリン車のコンバート・モデルではなく、EV専用にデザインしたモデルである。それからスズキのエブリィのEV、これは当然コンバート・モデルであろう。
Matthew氏が持参してきていたぼくの著作、「アメリカからのEV報告」を高山さんに差しだす。これにぼくがサインをする。この本の冒頭に出てくるEVは、そのエブリィだった。この車も、あれから進化したろう。
オフィスには、貸し出したEVが現在どこにいるかを一目瞭然に知れるスクリーンがある。オフィスを中心にしたエリアはかなりの広がりを持っていて、チャージング・ステーションもなかなか充実している。が、チャージング・ステーションのない鎌倉あたりまではちょっと行けない。これは幕末、この地にいた居留外国人の行動範囲を連想させ、なんだか面白い。
このシステムを用いて、ミステリーを書けないものかといったような話になる。できないことではないだろうと思う。TVの2時間もの用などには面白いかもしれない。しかし次原さんの方は、251にEVが登場する可能性はと訊かれ、「まったくありません」とはっきり答えていた。やはりEVは、漫画雑誌を読む若者の憧れにはまだなり得ていない。そうなるためには、まず速くなくては駄目だろう。スポーツカーを出すことは前提だ。
高山さんの案内で、クィーンズ・スクエア裏の駐車場に行き、ハイパーミニを見る。非常に可愛らしい外貌で、大変好ましい第一印象だった。完成度の高い、本気のデザインである。2人乗りだが、超小型で、取り廻しも楽そうだ。値段さえ折り合えば、間違いなく女性たちに人気が出るだろう。Matthewさんなどは、欲しいなと本気で言っていた。しかし開発に資金がかかっているから、今売れば単体の販売価格はどうしても高くなり、3百万を超える。これはリース使用がいいだろう。次原さんのマネージャー氏は、「セルシオと一緒じゃちょっとなー」と言っていた。
ぼくはMatthewさんと組んでハイパーミニにおさまり、007+マネージャー氏組は、エブリテイに乗り込んで街へと繰り出す。ハンドルにはパワステが付いている。視界もよく、運転はまことに楽だ。小さいから車幅の気遣いなど、ストレスもいっさいない。パワーも必要にして充分、問題はまあ航続距離であろう。しかし第3京浜をすっ飛ぶ車ではないから、近距離の街乗りにはこれで充分だろう。さしもの威張り病日本人も、大きく見えるカクばったエセ・ベンツという自家用車への前提常識は、もういくらなんでも崩れたであろう。
汽車道の南を通り、ランドマーク・タワーを視界にとらえながら、軽快なモーター音ともに山手に向かう。無音、無排気の横浜ドライヴは心地よく、よく晴れた午後、非常に新鮮な未来体験だ。みなとみらいに、この清潔な小型車はよく似合う。アメリカでさんざんEVに乗ってから、もうずいぶん時間がたつ。当時はどんな試乗会に行っても、このくらいの出来のEVにはなかなか出会えなかった。EVは、やはりいいものだ。クラッチを合わせ、本気ですっ飛ぶなら911、近くのコンビニに買い物なら、自転車感覚のこんな車がいい。
元町の脇を抜け、港の見える丘公園までの坂も、なんなく上がる。外人墓地の前で車を停め、山手十番館を背景にしてハイパーミニをしげしげ眺めていたら、通りがかったおばちゃんに、「この車可愛いわね、名前はなんていうの?」と尋ねられ、Matthewさんが大いに困っていた。この時は、まだ名前を憶えていなかったのだ。
制限時間はたちまち過ぎ、次の予定地に向かわなくてはならない。車を返却し、ポルシェに戻ってもう一度第3京浜に乗り、狛江に向かう。山田ガレージに行き、友人の山田さんにポルシェのクラッチ板を見せてもらったり、この時たまたま修理に入っていた、日本には数少ないケーニッヒ仕様のポルシェ911を見せてもらう。それから2階にあがって、テープを回してしばし雑談した。
山田氏も、今はもう息子の龍一君の代になっているが、ぼくがいっときさんざん車道楽ができたのも、彼が修理やメンテナンスを安く引き受けてくれたおかげだった。アメリカに移住したのも、もとはといえば龍一君がバイクのスーパークロスに挑戦していたからだ。それを応援に行って、LAを気に入った。
山田さんはポルシェ911の修理を格別の得意にしているのだが、独特の名人芸を持っていて、たとえばメカ泣かせで有名なジャガーの12発エンジンなど、医者が持つような聴診器をあちこちにあて、作動音を聴く。これでキャブレターの好不調などは一発で解るそうだ。これは次原さんもご存知なかったようで、次の作品で、夢次郎にこの作業をやらせようというようなことを言っていた。次原さんが山田さんと親しく付き合えば、たぶん仕事に大いにプラスすることと思う。
座談を終え、山田さんの夫人の手料理をご馳走になってから、次原さんとは山田ガレージの前で別れた。なかなか楽しい一日だった。
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