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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第118回
島田荘司のデジカメ日記
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3−12(火)、原書房とランチ。
吉祥寺、井の頭公園入り口にあるイタリアン・レストラン「PLIMI BACI」で、原書房の成瀬若社長、T橋虫麻呂第3編集部長、ラビット石毛編集者、こういう総勢3人とランチをした。吉祥寺は、女性誌を彩るランチ・レストラン群のメッカだが、この店も、本格的なランチで文壇に聞こえている、らしい。
この日のランチ・ミーティングは、何の目的かというと、別に何もなく、ただお昼ごはんを食べようということだった。しいて言えばT橋編集長の入院中のみやげ話と、ラビット石毛氏の、真夏に井の頭公園で着ぐるみウサギにするのだけは勘弁して欲しいという、先制攻撃的な辞退の言い訳を聞くための会、ということになるであろうか。
よく晴れた気分のよい日で、われわれの席はアウトサイドではなかったが、窓には隣接する井の頭公園の新緑がいっぱいに望めた。まずは先日着ぐるみウサギになった石毛氏と、井の頭公園の茶店に、甘酒を飲みに寄った際の苦労話になった。この時はT橋氏と、噂を聞いてウサギを見物に来た石塚桜子さんがいたので、甘酒は4つ注文の要があった。ところが奥に注文に行ったラビット石毛氏の指は三本しかなく、注文に立往生して、えらく時間がかかっていた。それでなくても暑い着ぐるみの中で、彼はさらに汗をかいたそうである。しかも、このピンクの愛らしい大型ウサギを見る店のおばちゃんの視線は、何故かひどく軽蔑的な、冷ややかなものであった。これは何ゆえなのであろう。ここにもまた、今日の自殺現象につながる、わが何らかの民族的な秘密が隠されているのであろうか。
以前の、横浜馬車道での「季刊」早売り会の際は、タバコを吸いたいという不良ウサギの手をT橋氏が引き(ろくに前が見えないのだそうである)、書店裏に止めていたヴァンのところまで戻ったら、途中女学生の集団と何組もすれ違い、みんなにくすくす笑われたとか、車の中で一服したのち、トイレに行くのがひと苦労であったとか、聞いてみないと解らない苦労話は、どんな仕事にもあるようである。
T橋氏には、病によるやつれもいっさいなく、顔色もよさそうで、得意の憎まれ口も冴えわたっていた。その意味ではまことに安心なことであった。しかしそのT橋氏も、入院中に一度だけ、血も凍る恐怖を味わったそうで、その話もここで公開すると、以前にもお伝えしたが、彼が入院していた三井記念病院は、最新の医療とスタッフを誇る先端の病院で、最先端の西洋医学を身につけた医師が、連日の手術による疲れで足腰が痛いと言っているような時、メクラ蛇におじずのたとえ通り、「先生、ではこの漢方薬をお呑みなさい」などと勧めたりして、T橋氏、相当に顰蹙をかっているようである。そういう彼だが、いかんせん病院であるから、周囲のお仲間たる入院患者は老人ばかりである。しかし何事にも適応能力の高いT橋氏、老人にうけるギャグを日夜仕込んでは披露におよび、今や老人患者のアイドルであるらしい。
ある晩、病院であるから消灯も9時で早いのだが、カーテンで囲ったベッドでT橋氏が眠りに就こうとしていると、しんとした病院の廊下に、ひたひたひたとスリッパの音がする。そしてこれが心なしか自分の病室に近づいてくる気配なのであった。果たしてドアが開き、自分の病室に入ってくる。ま、まさか……、と恐怖に打ちひしがれていると、鼻先のカーテンがそっと開き、一人の女性が侵入して、T橋氏の体にのしかかってきたのであった! かすかな月明かりで相手の顔を見ると、歳の頃は70代の後半。この時ばかりはさすがのT橋氏も心臓が喉元まで飛び上がり、恐怖で全身の産毛が総毛立って、軽率に老人たちのアイドルとなってしまった自分を深く反省したのであった。
さて、そのあとどうなったか……? きっとみなさんは知りたいことであろう。「来週に続く」と書こうかと思ったが、たいした結末でもないのであっさり書くと、婆ちゃんは、ただ病室を間違えただけなのであった。「ああなんだ、あんたか!」がははと笑って背中をばしんと叩かれ、一件は無事落着となった。別に夜這いをかけられたわけではなく、T橋氏はほっと胸をなでおろした。翌日も、その翌日も、彼女とは売店前や廊下で会ったが、もう怖いことは何もされなかったし、ずっと清いままの関係だそうである。めでたしめでたし。
とまあいうような入院生活であった。要するに、どこに行っても相変わらずということである。徹底診療のかいあって、腫瘍はまったく成長していず、彼は退院、現在は平穏な日々を送っている。しかし編集部は定刻退社、早寝、早起きの毎日で、正午になれば、横で仕事をしているラビット石毛氏とは無関係に弁当箱の蓋をがばと取り、せっせと昼食にとりかかる。ハンバーガーだのカップヌードルだの、コンビニの硬くなった寿司だの、そういう石岡君やぼくが連日食べているようなものはいっさい口にしない。うらやましくなるような健康生活で、そういう話を聞くと毎度ぼくは、よし、ではもういっそ病気になったつもりでそういうまっとうな暮らしを、と試みるのだが、三日と続かない。
ともかくそういうことなので、T橋氏、島田荘司の担当をやらせると、また夜討ち朝駆け、眠るのは三日後でいい、というような生活になってしまってA井氏との競争になるから(A井氏も、私が原稿を渡すと、以降は校了まで二日に一度しか眠らないのである)、これは担当を降りてもらい、もっとのんびりした教養書の出版をやってもらおうということになった。成瀬社長の親心である。
というような話を原書房三人組とした、うららかな春の昼下がりであった。T橋氏には、早く全快して欲しいものである。
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