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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第117回
島田荘司のデジカメ日記
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3−11(月)、新宿大志満、鮎川賞審査会。
新宿の中華レストラン「大志満」の個室で、鮎川賞、長編賞の選考会が行われた。選考委員は基本的に笠井潔氏とぼくの2人だけだが、これに外郭的に参加するのが東京創元社社の戸川会長、取締役で部長の井垣さん、編集者の桂島さん、伊藤さんという顔ぶれだった。これは昨年と同様である。体調がすぐれないということで、鮎川先生は今年は不参加となり、会場はこのために鎌倉でなく、新宿となった。

今年の候補作は多く、「楽土を出づ」、「ヘビイチゴ・サナトリウム」、「ファミリー・シークレット」、「過ぎ去りし時のかなたから」、「スクリプトリウムの密室」の5作品だった。

「楽土を出づ」と「ヘビイチゴ・サナトリウム」は、ある意味で文芸寄りの佳作で、鮎川賞でなければ、これらには別の評価もあり得たと思う。特に後者はなかなかアトラクティヴな作品で、この作者に、目に新しい言葉を探り当てる感性を感じた。

「ファミリーシークレット」は手堅い作品で、減点法をとるならこの作はよい位置を占めたろうと思う。「過ぎ去りし時の彼方から」もそれなりに読ませる作品だが、太平洋戦争当時の因縁を引きずる物語は、さすがにもう時勢的、物理的に現在に届かなくなった。21世紀の今、今後も同様の試みを行うつもりなら、それなりの工夫の要もあるだろう。鮎川賞は本格の賞なので、ぼくはそれらでなく、本格ミステリーへの正当な理解と愛情、そして何よりもセンスを感じた「スクリプトリウムの密室」が、最も受賞にふさわしいと感じて押した。

これは小説の構造が人工的で凝っており、しかし若書きのゲーム志向には寄りすぎず、人類史が描かれたおとなの読み物としての重さも適度に持っている。加えて、知的な仕掛けでもってこちらに挑戦を仕掛けて欲しいわれわれの内心に、最もよく応える作品になっていた。

主人公が、チューリッヒの鉄道模型店で画家星野康夫の作と思われる絵画に出会い、この店から謎の木箱を手渡されるあたりまでは、こちらの頭が作る先の予想を絶えず上廻り続け、巧みな挑発となって大いに引き込まれた。このもって廻った儀式が、欧州史の禁断の史実開陳を期待させたからだが、あまりに膨らみすぎたこちらの期待のせいで、箱から現れた二重構造の物語はまことに標準的なものに思えた。三重底目の「イギリス靴の秘密」を、こちらは作品の核となるべき大事な部分に思っていたのだが、公平に見てこれがまだ傑作とは感じられなかった。

けれども冒頭において、歴史の秘密を木箱に詰めたふうに見せたこの作者の思いつきは、希なよい筋と感じた。作品中盤から後半にかけてのしかるべき場所に、しかるべき改善を施していけば、この作品は本格の傑作となるように確信したから押した。東京創元社のスタッフからもほぼ反対はなく、笠井さんは別の作品を押していたが、最終的には同意してくれた。よってこの作品の受賞が決まった。

主として「イギリス靴の秘密」のクオリティの不足で、この作品はまだ三重構造の緻密な構成が、端正なたたずまいを誘導するにいたっていない。しかしあきらかに筋がよいので、いずれこの作者に会い、改善を提案するつもりでいる。

審査会の後は007さん、Matthewさんと吉祥寺で合流し、私の家のバーでビールをやりながら、SSKのミーティングをした。
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