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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第112回
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2−26(火)、鎌倉を歩く。
東京に戻っていると、横浜や鎌倉を、どうしても歩くことになる。車で手ごろな距離だからだ。自動車に乗り、首都高をぐるぐる回っているわけにもいかない。どこかには着かなくてはならない。特に鎌倉は、横浜新道からの抜け道を知っているものだから、ついついやってきてしまう。
鎌倉を歩いていて思うのは、京の都との関連性だ。以前はそんなふうには思わなかった。京は都のみやび、鎌倉は坂東武人の無骨さと、まあそんなような了解である。しかし今はすこぶる似て感じられる。ひとつにはこれは、こちらの目がアメリカ人ふうになったせいであろう。スペインふう、ハリウッドふうなどと比較すれば、京も鎌倉も同じ外観のグループだ。
鎌倉は、武人の都として源頼朝によって拓かれた、という認識が一般的だが、一概にそういうことでもない。ここは昔から人間には棲みよい場所であったらしく、先史時代から人が暮らしていた痕跡はあるようだ。歴史時代に入ってからも、この土地を最初に拓いたのは頼朝ではなく、源家の頼信、頼義、義家、為義という四代が、相模守(さがみのかみ)に任じられて住んだことに始まるようだ。それで頼朝が伊豆に流される以前、父の義朝も、この地に邸宅をかまえて住んでいた。
挙兵後の頼朝が鎌倉を関東の根拠地としたのは、先祖から守ってきた土地ということもあるが、三方を山に囲まれ、前方は海という、要害の地であったことによる。頼朝は、以前は別の場所にあった鶴岡八幡宮を今の若宮に移し、富士川の合戦から無傷で戻ってからは新亭に入って、以降ここを政治都市と規定して、鎌倉の都市計画と、運営に入った。
頼朝自身にも、京都コンプレックスというものはあったらしく、若宮の鶴岡八幡宮を京の内裏(だいり)になぞらえ、若宮大路を朱雀大路(すざくおうじ)に模した。八幡宮への参道は、妻の政子の安産を祈願して造られたもので、だんかずらと呼ばせた。
このほかに、横大路、小町大路、車大路と、京を真似て碁盤ふうに路を造り、条坊制をもくろんだが、鎌倉の地形は京都のように平坦ではなかったため、なかなかうまくいかなかった。さらに都文化の体裁を整えるため、名の聞こえた技術者を中央から呼んで仏閣や仏像を大いに造らせ、京都への対抗をもくろんだ。しかしこれら都市計画は、一概に京都の猿真似というよりも、当時の都市計画の文法というものが、京のこれが一つきりであったという方が現実に近い。都市の道がうねるようになるのは、大砲という兵器ができてからである。
鎌倉に発達した鎌倉彫りという工芸も、繊細でどちらかというと女性的な京のものとは一線を画し、荒削りで武人ふうの、男性的な意匠であった。決して何もかもを真似たわけではない。
しかし、一代目の将軍頼朝が、落馬によって奇妙な死に方をして以降、二代目の頼家、三代目の実朝と代が進むにつれ、ありがちなことだが幕府は次第に軟弱化した。実朝は、完全に京文化の崇拝者であった。実質上の政権が北条氏に移り、名目上の将軍となっていた事情も関係するようだが、実朝は武芸よりもひたすらに和歌を詠み、音楽と蹴鞠に興じて、朝廷での自分の官位昇進が生きがいというような、そういう人物であったらしい。そして28歳の時、八幡宮での右大臣拝賀式の帰り、頼家の子公暁(くぎょう)に暗殺されて、彼は短い生涯を閉じる。しかし実朝の、歌人としての才能は本物であったらしく、のちに賀茂真淵や正岡子規らに顕彰されて、むしろ歌人として名が不滅となっている。
だんかずらを進んで八幡宮に入ると、夕陽が石段の上の赤い宮にあたり、非常によい光線だった。黄ばんだ夕の光は、朱塗りの木造建築をよく際立たせる。公暁が幹の陰にひそみ、石段を降りてくる実朝を待ったという大銀杏の樹も、まだ健在だ。
お参りをすませ、小町通をぶらつくと、LAから東京を経てこの古い武人の都にやってきた者には、最近の鎌倉は、いたく小奇麗に変身して感じられる。十年前、二十年前とは、鎌倉はずいぶん印象が違った。ひと言で言えば、上品になった。つまりはセンスがよくなった。以前はもっと庶民的で、チープで、なんでもかでもが土産物として軒からぶら下がっていたような印象だった。それが今は、選ばれ、一定以上の基準を充たした高級な品だけが並んでいるふうだ。人形たちも美しくなり、ディスプレィも知的に気がきいている。
つまりはこの街が、今や名実ともに小京都になったという印象だ。千年の時が、日本とこの街を磨いて豊かにし、また成熟ももたらして、実朝の遺志がようやく実現したという印象が来る。
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