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島田荘司のデジカメ日記
第111回
島田荘司のデジカメ日記
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2−20(水)、目黒寄生虫館。
博物館病の人間としては、東京で特に気に入っているのが目黒の寄生虫館だ。これは世界でただひとつの寄生虫の博物館で、医学博士の亀谷了氏が、昭和28年に私財を投じて作ったのが始まり、今は研究所も兼ねている。入館は無料、お勧めである。さまざまな実物標本もあるが、拡大して作った、精巧な蝋細工の模型も見ることができる。
以前に拙著、「世紀末日本紀行」で梅毒患者の顔面の蝋細工を紹介したが、これなどはそれ自体、すでに芸術作品だった。この博物館にも、「沼田仁吉、寄生虫卵蝋模型」というものがある。沼田氏はかつてドイツに留学して、蝋細工の模型作りの技法をマスター、東大の伝染病研究所技官時代に作った作品が、この博物館に残っている。寄生虫の卵の千倍率の立体模型である。ヴィデオも、CGも、PCもない時代には、専門家にとっても蝋模型は必需品だった。
寄生虫というものは、なにやらわれわれの人生の、負の処世訓を体現しているようなところがあり、不気味だが、なかなか興味深い。寄生虫とは、定義すればその生涯、あるいは一時期、宿主たる他生物の体表や体内に棲みついて、食物をせしめる生物のことである。宿主にとっては体力を奪うやっかいな存在だが、宿主がいなくては生きていけないから、彼らは原則として、宿主の生命を危うくするまでの危害は加えない。つまり宿主は生かさず殺さず、命までは奪わず、この匙加減が寄生虫の腕の見せどころだ。しかし中にはマラリヤや、住血吸虫のように、宿主を殺すドジなもの、それともルール破りのものもいる。
ウイルスから親のすねかじりまでを範疇に含めれば、この世界とは、実のところすみずみまでがそういう寄生の構造でできあがっている。これの一部を人は寄生と言い、都合によっては共生とか、助け合いなどと呼ぶこともある。どうも道徳のご都合主義の側面を見る思いがする。
脊椎動物のような高等生物は、体の作りが複雑で、多くの器官や組織に分化しているから、このような変化に富む生き物は、多種多様な寄生虫にとっては隠れ棲む花園である。しかし高等生物ばかりでなく、ナマコやヒトデ、カニのような生き物に寄生する寄生虫もいるらしい。

寄生虫世界は、それ自体でミステリアスな大宇宙で、世界では約200種、日本では100種ほどが確認されているそうだ。こういうことは寄生虫世界に限らないが、中には非常に風変わりなものがいる。
フタゴムシという寄生虫は、雌雄同体で、1匹でも自家受精ができる。しかし、何故か幼虫の時に好みの2匹が出遭って合体癒合しないと、成長ができない。合体すると互いの腸が連結し、生殖器同士がつながって、互いの精子を相手に渡して遺伝子の交換をはかる。
名優、森繁久弥氏の胃に入って一躍有名になったアニサキスは、いかや魚の体内にいるから、いか刺や、鯖寿司に侵入しやすい。しかしこれはもともとは鯨類の寄生虫で、人間に入れば、胃や腸に突き刺さって激痛を起こすものの、成虫になれず、いずれは消化されるか、排出される運命にある。この幼虫は2〜3センチの体調を持つので、熟練の板前なら、まず見逃すことはないといわれる。
伝説の女性歌手マリア・カラスが、肥満しないためにあえて体内に入れていたといわれる寄生虫がサナダムシ。この博物館には、これの最も大型の仲間、日本海裂頭条虫の展示標本がある。これは成長すると長さが8.8メートルにもなるが、宿主側の自覚症状はほとんどなく、排便時に肛門から垂れ下がって気づくそうだ。
サナダムシは、寄生虫の中の寄生虫というところがある。寄生虫というものは、宿主に定着するにはさまざまなハードルを越えなくてはならない。まずは当然ながら、消化酵素に打ち勝たなくてはならない。次に、免疫反応にも勝利する必要がある。酸欠を克服する必要もあるし、浸透圧に堪え、宿主の体温にも堪えなくてはならない。さらには、宿主にくっ付くための固着器を発達させたり、不要となった運動器や、感覚器を退化させるなどする。ぎょう虫などは、自身の消化器は捨て去っている。必要最小限に、体をスリム化させていく。
だがそれだけではまだ充分でない。彼らの世界、宿主に遭遇できる幸運は限られるので、種の保存をはかるには、生殖能力の方は最大限強化し、肥大させなくてはならない。そのようにして仲間の絶対数を増し、種が宿主に遭遇する確率を底あげする。そういう進化を強力に行っているのがサナダムシで、広節裂頭条虫の雌など、1日に100万個の卵を産み、生涯では70億個以上の卵を産んで、果敢に絶滅と闘う。

2次大戦直後、約70%の日本人が回虫を体内に持っていた。野菜栽培が人糞肥料でなく、農薬の散布に切り替わって、今日では激減した。しかし代わってアトピーが激増し、農薬でどじょうが汚染して、これを主食とするトキが絶滅しかかったりした。
われわれが子供の頃、ぎょう虫が体内にいると、眠っている時に雌が肛門から這い出てきて、周辺に卵を産む、などと教えられた。これは事実のようだが、もう今日では噂を聞かなくなった。
博物館には、葛飾北斎が描いた「うぎんたま」というユーモラスな絵が飾られている。これは蚊によって媒介される、バンクロフト糸状虫という寄生虫によって引き起こされる症状で、足の皮膚が固く膨れ上がって象皮病を起こす。男性の場合、陰のうが腫れる。北斎の絵は、あんまり陰脳が大きくなって歩けなくなった人が、陰のうを布でくるみ、友人と2人で担いだ棒からこれをぶら下げ、やっと歩いているところだ。
かつてはこういう病気が、青森以南の日本には本当にあったらしいが、今はもう絶滅した。

財団法人、目黒寄生虫館。目黒区下目黒4-1-1。目黒駅西口から徒歩15分。月曜休館。
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