島田荘司 on line
 
こぼれ話
ロマノフ家最後の皇帝一家は、1918年7月17日未明、エカテリンブルグで暗殺された。これが世界史の定説だが、いつからか四女アナスタシアは、暗殺を逃れて西側へ脱出したという風聞がささやかれるようになった。そして自分こそ、皇女アナスタシアであると主張した女性、それがアナ・アンダーソンである。ここではロマノフ王朝最後の皇帝一家の写真と、珍しいアナ・アンダーソンの生前の写真を掲載する。
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最後のロマノフ王朝一家。
皇帝ニコライ2世の右がアナスタシア
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アナスタシアであると主張したアナ・アンダーソン。
1963年、アメリカ移住前の写真
箱根・芦ノ湖に飛来!これが伝説の飛行艇ドルニエDO-Xだ!!
大沢郁甫のドルニエ大分析

第一次大戦後、世界の航空界は「旅客機」の出現による民間航空路の開拓に照準を定めていた。こうしたなかで、ドルニエDO-Xは当時としてはまさに空前絶後、驚異的ともいえる大きなスケールで出現し、夢の大陸間定期航路に就航する夢をたくされていた。
ところがそのフライング・シップをリフトさせるエンジンがどこにもなく、異常なほどの低アスペシオで、準片持式の主翼上に12基のエンジンを搭載せざるを得ず、この結果、宿命的に背負った全面空気抵抗の大きさは、本機の実用性を悲観的なものにしてしまった。
一方、艇体下部に大きく張り出したスポンソンは翼端補助フロートを不要とし、離着水時の耐波性にも効果があり、その後のドルニエ飛行艇シリーズの基本的な構成となった。
本機はその技術的な失敗とは裏腹に、第二次大戦に向けたドイツ航空力のプロパガンダとして果たした役割には、計り知れないほど大きいものがあった。(文・イラスト:大沢郁甫)

ドルニエDO-X ドルニエDO-X
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