M  Y  S  T  E  R  Y    L  E  A  G  U  E


今年最大の問題作 かもしれません
ぜひ、2度読まれることをお勧めします (編集部)

乾くるみ

『イニシエーション・ラブ』

四六判上製本
260頁
1680
円(税込)

目次から仕掛けられた大胆な罠
前編にわたる絶妙な伏線
そして最後に明かされる真相――
80'sのほろ苦くてくすぐったい恋愛ドラマは そこですべてがくつがえり、
2度目にはまったく違った物語が見えてくる。


本文から少しだけ

1 揺れるまなざし

 望月がその晩、四人目として誰を呼ぶ予定だったのか知らないが、僕はそいつに一生分の感謝を捧げなければならないだろう。
 そいつがドタキャンしてくれたおかげで、僕は彼女と出会えたのだから。
 電話が掛かってきたのは午後五時過ぎで、望月は挨拶もそこそこに用件に入った。
「実はな、急な話で悪いんだけど、今夜これから飲み会があるんだけどさあ、急に一人来れなくなっちゃったんだけど。おまえ今日これから……大丈夫? 予定とかは?」
「いや。特にはないけど」と答えつつも、いきなりのお誘いに僕は少々面食らっていた。望月とは履修するゼミ講が違っていたので、四年になってからは、たまに学食で顔を合わす程度の仲になってしまっていた。それが突然のこの誘いである。
「飲み会って、メンツは?」
「えーと、オレとがっちゃんと北原と……あと女の子が四人来るんだけど。だから人数合わせで、どうしてもあと一人、男が欲しいんだけど。……なあ、おい、こんなこと滅多にないんだぜ。男のほうが足りないなんて」
 つまり彼の言う「飲み会」とは、世間的には「合コン」などと言われているアレなのだ。そうとわかって、僕はあまり気乗りがしなくなった。
「知らない女の子と飲んで、楽しいか? 盛り上がらないんじゃないの?」
「大丈夫だって。鈴木もたまにはそういうのに出てみねえと。そうやって部屋にいるだけだと、いつまで経ってもカノジョとか出来ねえんじゃねえのか。カノジョ、いないんだろう?」
 別にカノジョなんて欲しいとも思わない。いや、正直に言おう。カノジョが欲しくないというのは嘘だが、合コンで出会った相手などと簡単に付き合えてしまえるような、そんな性格の軽い女とは、僕のほうが付き合いたくないのだ。簡単に付き合い始めて、飽きたら別れる。その繰り返しをしている男女が、世間に大勢いることは知っている。ただし僕はそういう男じゃないし、だから付き合うにしても、そういう女じゃない、もっとちゃんとした相手と付き合いたいと思っている。
 ただ世間で行われている「合コン」の出席者がみんな、カレシやカノジョを見つけたいという目的で臨んでいるというわけでもないだろう。僕は、その場にいるだけで責任を果たせるのならば、という程度の軽いノリで、出席することを承知した。
 それから時間と場所を確認する。スタートが六時半で、店は市の中心部にあるという。時間的にはまだ余裕があり、それは大丈夫だったが、場所のほうが問題だった。たぶん「合コン」というのは、そういうところで行われるのが似つかわしいものなのだろうが、ここからだと――飲みに行くのだから原付で行くわけにもいかないし――バスに乗って行かなくてはならず、面倒だという思いが先に立った。やっぱり断ればよかった――と思っているうちに、 「あ、そうそう。今日来る女の子で、マツモトユウコっていうのが、オレの連れだから、彼女はダメだから。もし選ぶんだったら、他の三人の中からいいのを選んでくれ。じゃあ頼んだぞ」と望月は一方的に喋って電話を切ってしまった。
 マツモトユウコはダメね。はいはい。言われたままを、僕は頭の中にメモする。
 いきなり呼び出された人間なのに、店には一番乗りで到着してしまった。午後六時十五分。入店して望月の名前を出したら、予約席に案内された。掘り炬燵ふうのテーブルがある小座敷で、八人分の小皿と箸がすでに用意されていた。立地は別として、とりあえず内装やメニューなどを見る限りにおいては、大学周辺の居酒屋とさして変わりがなかった。これで変にグレードの高い店だったりしたら、僕はさらに後悔していただろう。
 いちばん奥の席につき、汗を拭きながら待っていると、十分ほどして入口の戸が開き、隙間から望月が顔を覗かせているのが見えた。僕と目が合うと、「あ、なんだ、来てる来てる」といった感じに背後に言葉を掛けて、そのまま店に入ってくる。いらっしゃいませー、と店員たちの声が掛かる。
 店の表で待ち合わせていたようで、望月を先頭に、男女七人がぞろぞろとこちらに向かって歩いてくる。通路が鉤の手になっているところがあって、そこでは行列を横から見る形になり、ちょうど女性陣を一人ずつ品定めするような感じになった。
 四人の女性が並んでいる――その二番目の女性に、僕の目は瞬間的に吸い寄せられた。
 髪型に特徴があり、男の子みたいに思いきったショートカットにしていた。そのせいで色白の顔が額の生え際まで見えている。その顔にも特徴があった。いつもニコニコしていたら、それが普段の表情として定着してしまいました、というような顔立ちで、世間的にはファニーフェイスという分類になるのだろうか。美人ではないが、とにかく愛嬌のある顔立ちだった。外に比べたらはるかに薄暗い店内の一角で、彼女のその顔の部分だけが、パッと輝いているようだった。
 スタイルは小柄でほっそりとしていて、女性というよりは女の子といった感じに見えた。涼しげな白のブラウスに、紺色で膝丈のスカートを穿いていて、原色や黒を基調とした他の三人のファッションと比べると、印象はいたって地味なのだが、自然体な感じがして、僕には好感が持てた。
 彼女がマツモトユウコではありませんように――と瞬間的に願った。ということは、つまり僕はその瞬間にはもう、恋に落ちていたのだろう。自分でそのことに気づくのは、もう少し後になってからのことだったが。
 僕のいた側に男性陣が座り、向かい側に女性陣が座る。集団見合いのような配席になった。なるほど「合コン」とはこういうものなのか、と僕は思う。望月が、正面に座った派手な顔立ちの女性と小声で何やら話をしていたので、ああ、彼女がマツモトユウコなのだな、と察する。その隣が短髪の彼女で、さらにその隣は、服装は派手だが顔立ちは地味といった女性、そして僕の前には、肥満ぎみで動作がせわしない女性が座っていた。
 まずは飲み物を注文し、全員に行き渡ったところで、望月が乾杯の音頭をとる。女性陣も全員が中ジョッキを手にしていた。当節では女の子も平気でお酒を飲むものだと聞いてはいたものの、四人もいれば中には一人くらい「わたし飲めない」という人間がいてもいいのではないか、などと思ったものの、僕はそこで自分の役割を思い出し、周囲に壁を作って自分の中に閉じこもることにした。先に来て待たされていたぶん、いつも以上に喉を通るビールの冷たさが身に沁みた。
 ひと息ついたところで、自己紹介が始まる。まずは男性陣からで、望月、大石、北原ときて、最後に僕という順番になった。僕はなんとなく緊張し始める。
 まずは望月がいつもの快活な口調で場を盛り上げ、次の大石も「ガツガツ食べるもんでがっちゃんと言われています」と渾名の由来を説明して女性陣を笑わせた。北原は「手品が特技です」と言って、箸が掌にくっつくという例のやつを見せ、望月が「おいおい、それならオレだってできるぞ」とツッコミを入れてフォローした。実は北原は本当に手品を得意としていて、だからたぶん、あとでもっとちゃんとしたやつを見せるつもりでいるのだろう。みんなちゃんと計算して、女性陣を楽しませることに成功している。そんなふうに意識したぶん、僕は自分の番が来たときには余計に緊張していた。
「あー、えー、鈴木と言います」と言ってまずは一礼し、その間にも必死で考えている。何を言おう。特技……僕の特技って何だろう? 趣味は?
「えー、趣味は読書で――」しかしその後が続かない。頭の中が真っ白になっていて、しかし言葉を途切れさせるわけにはいかない。
「えーと今日は、実はさっき……一時間ちょっと前ぐらいに、もっち――あ、望月くんから電話がありまして、急にここに来いって呼ばれまして、で、来てみたら、綺麗な方々がいらしてて――」
「鈴木くんは合コンが、今日が初めてで、いまちょっと上がってるんです」と望月がフォローしてくれた。「そうだよな?」
「そうです。よろしくお願いします」ペコリと頭を下げる。